俺様専務に目をつけられました。
三月に入り欧州フェアまで一か月となった八日の夕方、珍しく社長室に呼ばれた。

「お呼びですか?」

晴香との交際を反対し続ける親父とはずっと平行線のまま。今まで親父に抱いていた尊敬の念も半減したままで、こうして話をする時も他人行儀になってしまっていた。

「お前の婚約の件だが、来月の七十周年パーティーで発表することにした。」

「はっ?俺は受け入れた覚えもないですよ。」

「相手は佐伯物産の娘だからお前も毎日会っているだろ?それに何だかんだ言いながらプレゼントを贈る仲らしいじゃないか。お前、やっぱり例の彼女とは遊びだったようで安心したよ。」

「そんな噂信じてんのかよ!俺は晴香以外に贈り物をした事はない!あいつが自分で買ったか男に貢がせたんだろ。俺は晴香としか結婚しない。」

「お前がなんと言おうがこれは決定事項だ。三栗晴香とはパーティーまでに話を付けなさい。手切れ金が必要ならこちらで用意しよう。」

心底親父を軽蔑した。わずかに残っていた尊敬も消えてしまった。『俺は晴香と別れる気はない!』そう言い残し社長室を出た。
専務室に戻った俺を見た圭吾が何か察したらしく『今日は帰ろう』と車を出してくれた。実際この後、怒りが覚めないままではまともに仕事も出来そうにないので助かった。


「圭吾、停めてくれ。」

会社を出て少し行ったところで歩道を歩く晴香を見つけた。声をかけ乗るように促すが、社用車だと気を使ってか乗ろうとしない。

今日はどうしても晴香といたい。

彼女を押し込むように車に乗せ家まで連れ帰った。
玄関に入るまでは何とか理性を保っていたが、二人っきりになった途端に糸が切れた。玄関でまだ靴も脱いでないと言うのに、貪るように彼女の口を塞いだ。途中、苦しそうに胸を押しのけようとするが離すつもりは無い。そのまま寝室まで抱きかかえて行き俺の気が済むまで抱き続けた。

ようやく頭がクリアになったのは日付が変わろうとする頃だった。ぐったりとベッドに寝る晴香を見て、背中に冷や汗が流れた。
夕方の親父との一件でムシャクシャしていた、そこに会いたくて仕方がなかった晴香を見つけ自分の欲望のまま・・・。
頭を冷やすためシャワーを浴び、コンシェルジュに軽食を注文し寝室に戻った。

「晴香、ごめん。」

そう言うと彼女の目が揺らいだ。
シャワーを浴び終わった彼女と軽食を済ませ、腕の中に晴香の温もりを感じながら眠りについた。

かなり遅くに寝たはずなのに七時には目が覚めた。腕の中で眠る晴香を見て昨晩のことを思い出した。もしかすると今回ばかりは彼女から別れを切り出されるかもしれない。晴香が目を覚ましたら話をしようと思ったが、『ごめん』と言った時の彼女のあの淋しそうな目が脳裏に焼き付き忘れられない。
俺は眠る彼女を一人残し、家を出てしまった。

この事が、俺と晴香の分岐点だったという事も知らず・・・。
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