【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「透明、ですか」

 思わず聞き返す僕へ、彼女が言うことには。
 喜びの黄、怒りの赤、冷静の青に嘘の灰と、細かくは更に何十もの様々な分類があるらしいのだけれど、そのどれにも当てはまらない透明――感情の起伏というものそれ自体が僕にはないのか、あるいはもっと別の何かがあるのか、何れにしても、何も見えないらしい。

 光の三原色的な言い方をすれば、それは全ての状態を潜在的に兼ね備えているかも分からないし、何も備えていないかも分からない状態だという事だ。

「どれでもなくて、どれにでもなれる――って、何だかよく分からないですね。実は僕が、何かやばいことを考えている人だって可能性は?」

「凡そないかと。少なくとも、今のこの時間の中であなたと話していて、この人は危険だなんて思う節はありませんでしたよ。寧ろ、好印象だと捉えて頂ければ」

「そ、そうですか…」

 素直に褒められると、それはそれで何と返したものか悩むな。

「引きましたか?」

 また随分と率直な聞き方だった。

「――まぁ、正直引きましたね」

「そうでしょう。忘れて頂いて構いませんよ。今話したことは、私の――」

「大いに引きました、ええ、まったく僕と言う人間は、人を見る目がないらしいです」

 本当に、おかしな話だ。
 引くに決まっているだろう。

「サヴァンだとか何か特別な力を持っている人って、勝手な想像の上では、どこか変わったと言いますか、常識離れした思考や行動、言動をするものだとばかり思っていたのですが……これは認識を改めないといけません」

「――私、色とか視えるんですよ? 何でも覚えているんですよ?」

「それがどうかしたんですか?」

 僕のそんな返しに、彼女は固まってしまった。
 この反応。やはり、それなりに色々な経験をしてきたらしい。
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