【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 張り切ってしばらく。

 腕時計を確認すると、時刻は既に二時五十分。
 集合時間とこの冊数から考えて、朝食は多めにしっかりと摂って来たつもりだけれど、これだけ身体を動かせば、否応なしに空腹感も襲ってきた。

 大きく伸びをする桐島さんに釣られて、僕もつい欠伸が出てしまう。
 そうして最後に身体中を払うと、桐島さんが僕に向かって「さてと」と声をかけてきた。

「本当なら、上で手料理でも振る舞おうと思っていたのですけれど……今から用意をしたのでは、流石に限界を超えてしまいますよね」

「お気になさらず、僕はただのバイトですから――とは言ったものの。手料理ですか、それは残念だ」

「ここの整理は完全に私情です。付き合わせてしまいました謝罪と、諸々のお礼をと思い。飲食店で言うところの賄いとでも思って頂ければ。ですが……あぅ、流石に私もぺこぺこです。もう今日は外に行きましょうか」

 切り替えの早さも流石である。さしもの桐島さんも、空腹には負けてしまうらしい。
 桐島さんは自宅として使っている上の階へ、僕は一旦自宅に戻ってそれぞれ着替えを。

 目的地である喫茶店は、立地的に僕の家の方が近いということで、今度は桐島さんの方が僕に合わせる形で待ち合わせを予定した。

 都会の喫茶店とは、さぞや綺麗なのだろう。

 であれば、少しは気合を入れた服装を――と思ったのも束の間、アパートの窓から下に見えた、早くも到着している桐島さんの着込みが、存外にシンプルであったのを受けて、僕もいつも通りの服装で家を出た。
 並んで歩き始めてみて気付くのは、桐島さんはすらりと高身長だということだ。
 僕の身長が百と七十八で、桐島さんの頭が僕の目元少し下辺り。約十センチ程の差だと考えると、桐島さんは百七十近くあるのだろう。

 細い肢体、出るところはしっかりと出ている体つきに高身長、整った顔立ち。
 モデルとしてもやっていけそうな容姿である。

 そして――

(僅かではあるけれど、歩みがたどたどしいな…)

「足が気になりますか?」

「え? あ、えっと、少し…」

「あらあら。神前さんは女性の脚に惹かれるのですね」

「……わざと言ってます?」

「勿論」

 質の悪い人だ。

「昔から、ちょっとだけ」

 短く、そう言った。
 何があったのかは、少しばかり暗い表情の横顔を見て、聞かないことにした。
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