【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「猫、好きなの?」


「好き。昔、おじいちゃんが飼ってたの。どっちも、もういないんだけどね」

「……そっか」
 これは思い切りまずった。
 あまりに子猫を可愛がるものだからと尋ねてみれば、まさか踏み抜いたのが地雷だったとは。

 ここ数日、コミュニケーションが少し上手くいっていない気がするぞ、僕。

「気にしないで。これから会いに行くから」

「これからって、お墓参りか何か?」

「うん。あ、今日じゃない。近々。近日中?」

「いや、別に何でもいいんだけどね」

 近々と近日中って、それもうほとんど同じ意味だと思う。

「寒い…」

 短く呟くと、少女はファーの付いたジャケットのフードを被り直し、子猫を撫でていない方の手はポケットの中へ。見た目には何とも似つかわしいスタイルだ。

「お兄さんは寒くないの?」

「ちょっどだけね。地元の冬に比べれば、なんてことはないくらいかな」

「そっか」

 とそれだけ言って、少女は再び子猫を撫でる手に目を落とす。
 不思議な子だ。
 驚いたり嬉しそうにしたりと表情豊かな子かと思えば、以降はずっと同じトーンで会話が進められている。

 口調もクールで落ち着いていて。
 無言と無口が続く中、そんなことを考えている内、意識は段々と、夢の中へと落ちていった。
< 23 / 98 >

この作品をシェア

pagetop