【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
と、エピローグ風に語ってみたはいいのだけれど。
これは一体、どういったことなのだろうか。
「失礼しま――あ」
駆け足で向かった記憶堂。
時間はまだ大丈夫だから落ち着けと出されたアールグレイを一杯飲んだところで、店先のベルの音が耳を打った。
すぐさま反応して出ていった桐島さんの後を追ってみるや、そこに居た人物とは。
「高宮葵。依頼した者です」
つい先ほどまで一緒に居て別れた筈の、子猫の少女だった。
僕の方を見て一言、
「お兄さん、名前」
名乗りを促される。
言われてみれば、まだ自分の名前を伝えてはいなかった。と言っても、まさかこういった形で早々の再会を果たすとは思わなかったものだから。
もう会わないだろうと思っていただけに、彼女の名前を聞いたのだって、今が初めてなわけで。
「えっと。神前真。来週から大学一年」
「私、高校三年」
一つしか違わないという事実が判明した。
驚く僕を他所に、桐島さんは高宮さんを奥の部屋へと誘い入れる。
少し遅れて我に返って、僕も部屋の中へと入った。
桐島さんはいつも通りの奥の席、僕が使っていた桐島さん対面の席に高宮さんを座らせ、その中間地点に僕が座る形で話し合いがスタートした。
先ずは確認と、桐島さんが、送られてきたであろう手紙を机上に出した。
「昨年に他界なさったおじい様と一緒に行った思い出の場所に、もう一度行きたい。けれど、行き方はおろか場所すらも分からず。手掛かりはこの写真一つと、おじい様の話の中で覚えている《うわいで》という謎の言葉。覚えていることは、昼寝後の起き抜けに撮ったということだけ。依頼内容は、《ここがどこであるか》、そして《どこからこの写真を撮ったのか》。この二点で間違いありませんね?」
手短な確認に、高宮さんは無言で頷いた。
それを受けた桐島さんは、目を閉じてしばし黙り込んだ。
やがて思考の時間も終わると、訥々とその内容を語り始める。
「熊本県は上益城郡の山都町にある、通潤橋という名前のアーチ橋です。《うわいで》というのは、これが水路橋であることから来ています。笠原川からの取水を上井手、もう一つ五老ヶ滝川からの取水を下井手と呼ぶのだそうです」
「通潤橋…」
「ここに行くことは、そう難しい話ではありません。時間、そして交通費さえあればといっただけです。だけなのですが――」
と、そこで桐島さんは何やら眉をひそめた。
「この、写真の手前に移る二つの山……岩、でしょうか。何にせよ、このアングルの場所に、このようなモニュメントや自然物はないものでして……幼少にご自分で撮られたという話でしたが、これがどのようにして撮られたものか、私には少し分かりかねます。お力になれず、申し訳ありません」
謝る桐島さんに、一瞬だけ落ち込む目元。
しかし、
「……ううん。場所が分かっただけでも、いい。バイト代注ぎ込んで、今度ここに行ってみる」
無理やり作った笑顔。
やや引き攣った口元を見て、桐島さんも苦笑い。
行ってみると言ってもだ。一つ目の依頼こそ達成したものの、二つ目の依頼を達成することは出来ないのではなかろうか。
一度見れば完全である桐島さんが「ない」と断言するその場所で、果たしてそれを見つけられるのだろうか。
「来週、時間あるから。日曜日に行ってくる」
「お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫。って言いたいけど、じゃあお兄さん連れていく」
……え?
「ここで働いているんでしょ? じゃあ、きっと大丈夫」
「何を以って納得してくれているのかは分からないけれど、ごめん、僕はつい数日前に来たばかりなんだ」
「……いい」
いいって、そんな無茶苦茶な。
有無を言わさぬ口ぶりに肩を落とす僕を置いて、桐島さんが柏手を打った。
嫌な予感がしながらもそちらをゆっくりと見るや。
「来週の日曜ですね。時間はお二人にお任せします」
「ちょ、ちょっと待って、桐島さんは…?」
「すいません、私は別件が。それに、私に出来るのはここまでのようですから。頼みますね、神前さん」
本人の決定権と自由権が行使される前に、到達点の分からぬお仕事が追加された。
これは一体、どういったことなのだろうか。
「失礼しま――あ」
駆け足で向かった記憶堂。
時間はまだ大丈夫だから落ち着けと出されたアールグレイを一杯飲んだところで、店先のベルの音が耳を打った。
すぐさま反応して出ていった桐島さんの後を追ってみるや、そこに居た人物とは。
「高宮葵。依頼した者です」
つい先ほどまで一緒に居て別れた筈の、子猫の少女だった。
僕の方を見て一言、
「お兄さん、名前」
名乗りを促される。
言われてみれば、まだ自分の名前を伝えてはいなかった。と言っても、まさかこういった形で早々の再会を果たすとは思わなかったものだから。
もう会わないだろうと思っていただけに、彼女の名前を聞いたのだって、今が初めてなわけで。
「えっと。神前真。来週から大学一年」
「私、高校三年」
一つしか違わないという事実が判明した。
驚く僕を他所に、桐島さんは高宮さんを奥の部屋へと誘い入れる。
少し遅れて我に返って、僕も部屋の中へと入った。
桐島さんはいつも通りの奥の席、僕が使っていた桐島さん対面の席に高宮さんを座らせ、その中間地点に僕が座る形で話し合いがスタートした。
先ずは確認と、桐島さんが、送られてきたであろう手紙を机上に出した。
「昨年に他界なさったおじい様と一緒に行った思い出の場所に、もう一度行きたい。けれど、行き方はおろか場所すらも分からず。手掛かりはこの写真一つと、おじい様の話の中で覚えている《うわいで》という謎の言葉。覚えていることは、昼寝後の起き抜けに撮ったということだけ。依頼内容は、《ここがどこであるか》、そして《どこからこの写真を撮ったのか》。この二点で間違いありませんね?」
手短な確認に、高宮さんは無言で頷いた。
それを受けた桐島さんは、目を閉じてしばし黙り込んだ。
やがて思考の時間も終わると、訥々とその内容を語り始める。
「熊本県は上益城郡の山都町にある、通潤橋という名前のアーチ橋です。《うわいで》というのは、これが水路橋であることから来ています。笠原川からの取水を上井手、もう一つ五老ヶ滝川からの取水を下井手と呼ぶのだそうです」
「通潤橋…」
「ここに行くことは、そう難しい話ではありません。時間、そして交通費さえあればといっただけです。だけなのですが――」
と、そこで桐島さんは何やら眉をひそめた。
「この、写真の手前に移る二つの山……岩、でしょうか。何にせよ、このアングルの場所に、このようなモニュメントや自然物はないものでして……幼少にご自分で撮られたという話でしたが、これがどのようにして撮られたものか、私には少し分かりかねます。お力になれず、申し訳ありません」
謝る桐島さんに、一瞬だけ落ち込む目元。
しかし、
「……ううん。場所が分かっただけでも、いい。バイト代注ぎ込んで、今度ここに行ってみる」
無理やり作った笑顔。
やや引き攣った口元を見て、桐島さんも苦笑い。
行ってみると言ってもだ。一つ目の依頼こそ達成したものの、二つ目の依頼を達成することは出来ないのではなかろうか。
一度見れば完全である桐島さんが「ない」と断言するその場所で、果たしてそれを見つけられるのだろうか。
「来週、時間あるから。日曜日に行ってくる」
「お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫。って言いたいけど、じゃあお兄さん連れていく」
……え?
「ここで働いているんでしょ? じゃあ、きっと大丈夫」
「何を以って納得してくれているのかは分からないけれど、ごめん、僕はつい数日前に来たばかりなんだ」
「……いい」
いいって、そんな無茶苦茶な。
有無を言わさぬ口ぶりに肩を落とす僕を置いて、桐島さんが柏手を打った。
嫌な予感がしながらもそちらをゆっくりと見るや。
「来週の日曜ですね。時間はお二人にお任せします」
「ちょ、ちょっと待って、桐島さんは…?」
「すいません、私は別件が。それに、私に出来るのはここまでのようですから。頼みますね、神前さん」
本人の決定権と自由権が行使される前に、到達点の分からぬお仕事が追加された。