【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「で、あるからして、新入生諸君には――」

 もう、何十分になるだろう。
 理事長が登壇してから、かれこれ三十分は優に超えているのではなかろうか。
 この後に、まだまだやることが控えていると来た。

 大学の入学式も、楽ではないな。
 何とか眠気に耐えて迎えた、小休止。
 とりあえず飲み物を仕入れようと、僕はエントランスホールか学食、歩きながら近い方を探して彷徨った。

 その甲斐あって、

「どこだ、ここは?」

 しっかりと迷いました。
 皆、隣に居た人だとか見知った顔だとかでグループになり、あれやこれやと話しながら歩いていたが――これは早くもボッチの予感がしてならない。
 それが嫌だったり、悪いとは思わないけれど、せっかく新しい所に来たからには新しい出会いの一つでも、あっていいのではなかろうか。

 とりあえず真っすぐ、同じ道を通らないように気を付けて宛てなく歩く。
 いずれどこかには辿り着こうといった甘い考えだ。

「おーい、どうしたー? っと、新入生か」

 西館と東館を繋ぐ一階通路にさしかかった時だ。
 眼鏡の男性が話しかけた。茶髪、茶髪だ!
 大学生って、本当に茶髪にするんだ。

「どうした?」

「すいません心の声です」

「こころ?」

「え、あぁ、いえ」

 ふと口をついた言葉に更なる疑問符を浮かべられ、僕は慌ててかぶりを振った。
 男性が言う事には、この先には何もないらしかった。

「休憩時間だろ? 飲み物か食い物の調達といったところだな」

「せ、正解です…! 道に迷ってしまって…」

「そうか。ならこっちだ」

 着いてこい、と手招いて僕を後ろに歩かせる。
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