【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 先輩と思しき男性は、迷いのない足取りで先へ先へ。遅れていないかたまに後ろを振り返っては向き直りと、中身は見た目ほど厳つい感じではなさそうだ。
 程なくして、僕も見覚えのある道を違えた方に曲がって少し歩いたところで『食堂』の文字が。

 おぉ、と声を上げる僕を見て、男性は微笑んだ。
 越して来てからこっち、いろんな人に笑われている気がするな。

「わざわざ誘導までしていただき、ありがとうございます。助かりました」

「いやなに、俺も丁度飯にしようかと思ってたところだからな。気にするな」

「はぁ。ともあれ、ありがとうございました」

「……そう、気にするな」

 と、男性は途端に顔色が嫌に悪く、いや、怒り心頭といった風に様変わり。
 大きく吸った空気を深く深く吐き出して、

「いくら負けた奴が買いに行くって罰ゲームでもよ、払いまで負けたもんだなんて、聞いてなかったら嫌だよな?」

「は、はい…?」

 罰ゲーム?

「まぁ案内料だと思って聞いてくれや。サークルの先輩と、罰ゲームは『購買のパンを人数分買ってくる』ってことで簡単な賭けをしたんだ」

「は、はぁ」

「するとどうだ。俺はいざって時に弱くてな、よく負けるからって甘んじて受け入れたんだが……先輩ら、金持って来てねーってよ」

「負ける人が決まってたからって、その人に集ろう的なやつですか?」

 地元でも似たようなことが昔あった。
 対象は駄菓子のガム一つだったけれど、メンコで勝負して負けて、お小遣いがなくなってたからって結局払わなかった友人の事件だ。
 古い小学低学年くらいの記憶を懐かしんでいると、

「そう、まさにそんな感じ。いくらなんでも酷くねぇか? あの人ら女なのにバカほど食うんだぜ?」

「それは何というか…ご愁傷さまです」

 南無。

 先輩後輩って、所により怖いからなあ。
 ちょっと何かあっただけであれこれ言われるし。
 断らない辺り、その人たちとの関係を拒絶しているわけではないのだろうから、大人しく払って、長く関係を続けてほしいものだ。

「っと、引き止めて悪かったな」

「あぁいえ。なかなか個性的な先輩方なんですね。何のサークルなんですか?」

「『天文部』。いいだろ。夜空に浮かぶ星を、普通買えないような値段の望遠鏡で覗くんだ。遥か上空が身近に感じられるんだ」

 天文か。興味はある。
 向こうにいた頃は、よく好きで縁側から星を眺めた。
 部屋の明かりを全て消して寝転がって、自由に。
 こっちには街灯が多いから、あまり見られないなと思っていたところだ。

 が、他のサークルも見てみたい手前、魅力的だが即決は出来ない。

「良いですね、天文。星は眺めていても飽きませんし」

「お、分かってくれるか。いつでも歓迎するぜ。二年の高宮遥だ」

 受け入れる体制がある旨に続き、名乗りとともに手を差し出してきた。
 社交的ではあるけれど押し付けがましくない、話しやすい人だ。
 僕は迷わずその手を取って、

「一年、神前真です」

 と名乗った矢先のことだった。
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