【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 オムライスを美味い美味いと言いながら食べ、チーズケーキも美味い美味いと言いながら食べる葵と、満足して貰えたなら良かったかと納得し、葵を眺めながらブレンドをちまちま飲む僕。

 時間をかけてゆっくりと進む食事。
 ブラックは苦手だが飲ませろと言われ、渡したそれを飲んで舌を出す葵を見て笑い、お返しにとオムライスを一口貰いといった和やかな時に癒されている内に、時刻は既に夜の九時を回っていた。

 そんな帰りがけ、僕が腕時計を確認すると同時に壁掛けの時計に目をやった葵が「あ」と声をあげた。
 はてなを浮かべながら尋ねると、

「塾のバイト、終わってる」

「バイト……あぁ、遥さんの」

「遥さん? 知り合いだった?」

「言ってなかったんだね、あの人。大学、一緒だったんだよ、君のお兄さんと。キャンパス内で迷ってるところを助けてもらって」

「そうなんだ」

 心底意外そう、とまではいかないけれど、驚きはしている様子。
 うっすら見開かれた時の顔は、なるほど兄そっくりな反応である。
 会計は僕が持ち、去り際「ほほう?」とまたマスターに小さく嫌味を言われたけれど、無視して店を後にした。

 葵はマイペースだが根は素直で、ありがとうの意味を込めて軽く会釈をしてくれた。
 少し歩くと、僕のアパートが見えてきた。

 が、夜も更けるとここら辺は薄暗く危ないからと、葵に先導してもらって大通りまで送ることに。
 今にも眠ってしまいそうなくらい満足そうに頬を緩める葵に代わって、スクールバッグは僕が持つ。
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