【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「……へぇ」

 リアクションは短く、あまり表情も変わっていない。
 けれど、その語尾は少し間延びして聞こえた。
 多少は興味を示してくれていると取ってよさそうだ。
 正門から入って中庭を歩いて、西棟へと足を運ぶ。

 途中、入学式後に少し見知っただけの人から挨拶をされた。誰かはおろか、先輩か同期かも分からない僕は、とりあえず「こんにちは」とだけ返しておいた。目上にもタメにも通じる便利な言葉だな。

 そんな僕の様子を横から眺めていた葵は、友達多いのねと。
 嘘だ。まだ一人もいないというのに。
 背の高い校舎と校舎の間を縫って、辿り着いたのは西棟の入り口。

 すぐの所にあった案内図を眺めて足を止める葵に声をかけて、先へ先へ。
 格好つけるつもりはないけれど、行き当たりばったりで挙句迷ってしまうよりはと、前日の内に第三多目的室の場所を確認しておいてよかった。
 遥さんも遥さんだ。棟名も言わず部屋だけ指定される新入生の気持ちにもなって欲しいというものだ。

「三階、と。この突き当りだ」

 ようやくと辿り着いた三階は、二階までと打って変わって物静か。
 静寂といった極端な表現も、ここにはよく当てはまりそうだ。
 あれだけ明るい遥さんを手籠めにする先輩がどれほど喧やかましい人たちだろうと思っていたけれど、存外それほどでもないのだろうか。

 誰の声も聞こえない。
 何だか居心地の悪い空気の中、僕らは一歩一歩、その部屋へと近付いて行く。

 そしてついに、目の前までやってきたのだが――

「いる?」

「さぁ」

 扉の窓はモザイク仕様で、中の様子は窺えない。
 仕方なく、直接目で確かめることに。

「失礼しま――」

 と、言い終えるより早く。
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