【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 そんな僕に助け舟を渡したのは遥さん。優しく肩に手を置いて振り向かせて、葵にはギリギリ聞こえない程度の声量で、

「ありがとな」

「肉まん分の礼を期待します」

「あー、またか……すまん」

 どうやら真正の真面目者らしい、ちょっとした冗談は受け入れられるでも流されるでもなく、真に受けられてしまった。僕は慌ててかぶりを振って、いらないと弁明しておいた。
 けれども、遥さんは真面目なことに変わりはなく、葵を待って誘導してくれたことに対する礼はちゃんと尽くされた。

 楽しそうな岸妹の笑い声が聞こえる方に振り返ると、姉込みで二人して葵を取り囲んでいる様子が目に入った。
 初対面の時と似たような服装でちんまく座っている葵を撫で回して喜んでいるようだ。

 まさぐられている当の本人は必死になって何かを堪えている様子。
 あの自由きままな葵に、反撃の余地すらないとは。

「太もも柔らか、なのにほっそい!」

「顔も小さくて可愛らしいわね」

「お胸の方もおっきくて――」

 と、岸妹が葵の胸部に触れんとした時だ。

「や、やめて…!」

 まだまだ短い付き合いとはいえ、当分聞くことはないだろうと思い込んでいた葵の大声が木霊する。

 流石にやりすぎた、と冷や汗を流しながら額に手をやる姉妹は、存外正直に「ごめん」「調子に乗り過ぎたわ」と頭を下げた。
 女子同士のスキンシップとは、どこまでも自由なものなのだな。

 この二人だから、だろうけれども。
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