【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 と、連絡や話はすぐに出来る方がいいからと、この五人のメッセージグループを作ろうと遥さんが提案した。
 珍しく役に立った、たまにはいいこと言うのね、と感謝とはとても言えない賛辞を口々に言われる遥さんは、存外まんざらでもなさそう。

 普段、どれほどの言い分で日々を過ごしているかは聞かないでおこう。

「これでよしっと。そうだ、葵」

 作成した”仮キャンプ部”なるグループに他の四人を招待し終えた遥さんが葵を呼ぶ。

「なに?」

 呼ばれて、猫のような軽やかさでソファから遥さんの元へ。

「今日、これとは別にまだ話し合いがあって帰れん。悪いが――」

「大丈夫、勝手にやっとく」

「……悪いな」

 それがいつもの会話なのか。
 驚く様子もなく、かといって呆れる様子もなく。
 葵は素直にそう言って、財布を取り出して残金を確認する。

「あと三食分くらいは持ち合わせあるから、平気」

「すまんな。今度、美味いもん買ってやるから」

「別にいいよ。バイト、頑張ってね」

 一人で食べる夕食を余儀なくされた葵ではなく、それをしなければいけない状況に
置かれている遥さんの方が、困ったように眉の端を下げた。
 それを傍から見ていた双子の姉妹は、一様に唾を飲み込むと、

「やばい。いい子過ぎるね葵ちゃん」

「ええ。二人目の妹として迎えたいわね」

 二人で手を組んでうっとりと葵を眺めつつ、こんな空気の中にありながらも好き勝手言っていた。
 遥さんが嫌味の一つも言わない辺り、それは二人なりの気遣いなのだろう。
 それに気付いてしまっては、何故か僕も、どうにも退けなくなったというか。

「安いところなら連れてくけど?」

 気が付けばそんな言葉が口をついていた。
 しかし、葵は考えることもなく首を横に振り、今日はいいとだけ返してきた。
 そして未だキラキラとした目で自身に視線を送り続けている姉妹の元へと歩み寄り、

「ありがとう…ございます」

 小さく頭を下げて、精一杯、感謝の気持ちを伝えた。
 対する二人はまたも「可愛い」「是非うちへ」と引き込もうとするが、葵はやんわりとお断り。荷物を纏め、もう一度一礼だけして部屋を出る。
 ふと、去り際に寂しそうな表情が見えた。けれども、今限りは見ていないふりをして、僕は葵の後を追いかけた。
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