【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「お人好しっていうより、お節介」

 そんなことを言ってきたのは葵だ。大学から少し歩いたところにあるファミレスで向かい合って座った僕に、やや困ったように。
 勝手について来ただけだから問題ないだろ、と言ってやったところ、別に一人でも大丈夫だと少しだけ詰まらせた後に言うものだから、それが本心から来るものではないことは明らかだ。

 けれどもやはり、まぁ僕も半ば無理矢理ついて来てしまったものだから、あまり良い気がしないのも事実だろうが――何だか、放っておけなかったのだ。
 葵は、ドリアの中でも一番安ものだけを注文した。

 三食分くらいならある、と言っていたことは本当のようで、ドリンクバーやポテト等のサイド物は一切頼んでいない。
 僕はピザを注文して、二人分の水を取りに行く。
 氷を入れるか入れまいか聞き忘れていたと、氷入り一つ、氷なし一つを持って戻る。

 わざとらしくないようにそれら二つを横に並べておくと、葵は氷入りの方を選んだ。
 一口目、さっそくと氷ごと含んで、口の中で転がしている。

「冷えない?」

 ふと気になって尋ねてしまった。
 今日の葵はあまり着込んでいない薄着だが、夜にもなると春先は流石に冷える。
 葵は小首を傾げて、

「料理、まだ来てないけど」

「いやそうじゃなくて。誰も『いつになったら食べるの?』なんて聞いてないだろう。氷だよ、氷。口の中、冷えないの?」

「あぁ……空腹感、ちょっと何か入れてるだけで騙せるから。平気」

 本当は相応にお腹が減っていて、ちゃんとした食事を摂りたいところではあるけれど、事情そうもいかないようだから。
 程なくして運ばれてきたピザの一切れを寄越すと、最初は遠慮こそしていたけれど、やがて頬を染める程嬉しそうに食べてくれた。

 本日の代金は、それぞれ食べた分の支払いということに決まった。前回の僕の厚意には甘える気満々と見えたが、何だか悪いからという、葵たっての希望から。
 彼女なりに、人には気を遣っているらしい。

「疲れた」

 ドリアをすくうスプーンを止め、葵がふとそんなことを呟いた。
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