【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「疲れた? 何に?」

「大学で」

 そう言いながら、弄られる感触でも思い出したのか腕を組んで身震いさせる葵。
 そういえば、随分と撫で回されていたからなぁ。終い、胸部への侵攻は何とか防いでいたけれど、それ以外はくまなく。

「あぁ、あの人たちか。流石に僕もちょっと疲れたかな。あのテンションにはお手上げだよ」

「胸、大きい方がコンプレックス。肩も凝るし、痴漢にも遭いそうだし」

「聞いてないよ。それより、良かったの?」

「何が?」

「いやほら、最初は『一人で行く』的なニュアンスで決定してたみたいだったからさ。遥さんからの招待を受けた時は、てっきり断るかと」

 せっかく貯めたバイト代すらも全て投資する勢いで、さっそくと日曜に行くと言っていた。

 僕を加えたのも、桐島さんから一人では危険だと言われたからといった様子だった。
 僕の問いに葵は水をもう一口喉へ送って、

「効率」

 とだけ答えた。
 なるほど、祖父の心に触れられるのなら、手段は問わないと。
 生粋のおじいちゃん子だ。

「騒がしい人たちだったね」

「静かな方がいい」

「まぁまぁ、百聞は何とかってね。実際に付き合ってみれば、きっと楽しいと思う。新しい何かって言うのは、往々にしていい刺激になるものだよ」

「私とは正反対」

「それも捉えようだよ。子猫相手なら、あんなに可愛い表情だってしてたくせに」

 そう、言ってやると。

「な、なな、見てたの…!」

 何の琴線に触れたのか、葵は急に動揺し出して、半分ほど水の残っていたコップを倒してしまう。
 慌ててそれを拭き取りながらも、顔は真っ赤になったままだ。

「可愛いとか、嘘。絶対変な顔してた」

「そんなことは」

「じろじろ見ないでよ」

「視界に入っただけだよ」

「……意地悪言うまことは嫌い」

 そも好意があるとも思えないのだけれど。
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