【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 送ってもらった地図情報を頼りに、僕は岸家への道程を辿る。
 隣には遥さん、その更に隣には葵も併せて。
 どこかそわそわと落ち着かない葵は、予想通りの恐縮半分、天文部部室でのことを思い出して半分、といったところだろう。

 琴葉さんからのメッセージを伝える為に電話をしてみた時にも『あー……うん…了解』と、そういったトーンでの言葉が返って来た。

 遥さんは遥さんで、そんな葵のことを保護者のような目で見ている。いや、事実そうなのだろう。肉親二人、育ててくれた祖父も居ない葵にとって、今この世界にいる家族は遥さんだけなのだ。
 自身のボストンバッグに葵のキャリーをも運ぶ重労働っぷりだけれど、どこか楽しそうな表情だ。

「ここら辺の筈ですけれど――っと、ありましたね、岸さん宅」

 見つけたそこは、住宅街の中にある、他の家と何ら変わりない一つの住居。
 表札に『岸』と書かれたそれ以外に、周囲で同名の家はない。
 実はここではなく、とかだったらどうしようと、一瞬間躊躇っている内、葵が隣から顔を出してインターホンを押した。

 あ、と声を出す頃には既に遅く、少し時間を置いた後で、扉から一人の女性が顔を出した。

「どちら様でしょう?」

 桐島さんを思わせるふわりとした声。
 一度たりとも見たことのない顔である筈だけれど、どこかあの人を思わせる、言ってみれば二人を混ぜ合わせて割ったような見た目だ。
 言われなくとも、何となく、彼女があの二人の母親であろうと確信した。

「あ、えっと…神前真と、高宮遥さん、妹の葵さん。お話の方は――」

「ええ、娘二人から。特別時間を指定していた訳でもありませんが、お早い到着ですね。立ち話も何でしょうから、中へどうぞ。夕飯は?」

 言われて、そういえばまだだったな、と三人で顔を合わせる。
 なるほど。そう一言置いて、ではリビングへと通される。

「娘と夫、あとお鍋がお待ちしております。私共もこれからのところでして。丁度良いので、是非お召し上がりになってください」

 おずおずと上がり込む僕ら。
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