【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 一息つくと、誠二さんは僕らを席に着かせるよう促した。
 奥の方では、既にスタンバイ完了と言わんばかりに、姉妹が手招いている。机上には件の鍋。

「積もる話はおいおい。好きに取って食べておくれ」

「はい。ありがとうございます」

「いただきます」

 そう聞こえた先には、早くも箸を取っている葵の姿。
 人数分のそれは既に用意してあったから良かったものの、まだ準備中だったらどうするつもりだったのだろうか。

 流石の遥さんも溜息だ。

「少しは遠慮しなよ」

「良いって言った」

「それはそうだけど。せめて礼の一つでも…」

 大黒柱を前にしても動じない葵。
 マイペースさは全開だ。

「はっはっは。何、いいとも」

「俺が言うのも何ですけど、すいません」

「遥君、で良いかな。気にしなくていいさ。ほら、君たちも」

 促されて、遅れて席に着く僕と遥さん。と、僕ら前にあった皿を取って、こともあ
ろうか取り分けてくれる。
 ここまで親切で優しいと、むず痒くて逆に居心地が悪い。

 深く礼を言って、取り分けて貰ったそれを受け取る。
 隣では早くも、葵が食事を始めていた。
 人参に白菜に白滝と、容赦なく食べ進めている。
 誠二さんは誠二さんで、僕らのものに遅れて自分のものを取り分けて食べていた。

「い、いただきます」

 控えめにそういって一口。
 美味しくて頬を緩めていると、目聡くそれを見ていた誠二さんが「美味しいだろう?」と。

 味付けは完璧、僕好みの過ぎない程度の濃さだ。
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