【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「母さんの腕はちょっとしたものだ」

「ええ、とても。おかわり、頂いてもいいですか?」

「全部食べる勢いで構わんよ。具材には十分余りもある」

 促されて取り分けて、戻る際横目に見えた葵の皿にはまたこんもりと具材が盛ってあるのが見えた。
 既に新しい一杯を……流石の食い気。恐ろしい速さだ。

「お口に合って良かったわ。ほら、葵ちゃんにばかり見惚れてないで、二人もはやく食べなさい。無くなっても文句は言えないわよ」

「葵ちゃんに全部食べられるなら、別に。ねえ、乙葉」

「ええ。悔いはないわ」

「もう、また馬鹿なことばかり言って。良いわよ、葵ちゃん。全部食べてしまって」

 お母様の言葉を受けると、葵は一層箸を進め、しかし二人は結局「葵ちゃんストップ!」と待ったをかけた。

 そんなやり取りに、遥さんが笑う。釣られて僕も吹き出す。
 信じられない速さで、場の空気は一つになった。
 岸家皆の人柄か、遥さん、葵の空気感がそうさせるのか。いずれにしても、良い関係で事は進みそうな予感がする。

 そうして鍋の食べ終えると、話し合いらしい話し合いは、全て終えて落ち着いてからにしようという話になった。
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