【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
答えを整理している僕の前では、何やら楽し気な笑みを浮かべている。今か今か、まだかまだかと、もう分かっているのでしょうと、そう言っているようだ。
恐らく、彼女の要望には応えられるらしい。
コホンと一つ咳払い。
目を見て向かい合う。
「お客さんは英語を話すアメリカ人、冬の時期にやってきて、もうじき奥さんの誕生日らしいと。まぁ花屋さんの選ぶお花なら、何でも素晴らしいものではあるのでしょうが、特別なことであるのは確か。それゆえの、自分で書いたメモの持参。であれば、考えられるのは一つだけです。もっとも、これはことこのクイズに関してだけ言えることですが」
「――はい。答えをどうぞ」
随分と嬉しそうな目だ。
「答えはプラム、スモモの花をくれと、その男性は依頼をしたようです」
プラム。バラ科サクラ属の植物だ。
が、重要なのは品種や名前ではない。
「プラムという単語一つ取れば、セイヨウスモモ、暗紫色、濃紫、と名詞訳の多い単語ですが、一つだけ違った形容訳があります」
「ええ」
彼女は頷く。
どうやら正解らしい。
「プラム、と英和辞書で引いた時、順に暗紫色、すばらしいもの、と出て来る。しかし漢字に関しては全く分からず、且つ難しい字です、書きやすく分かり易いひらがなを選んだのでしょう。だから《すばらしいもの》、つまりはプラムの花を欲しがった。二月に来て誕生日だと言っていたのなら、二月二十二日が誕生花であるプラムはピッタリ当てはまります」
一息にそこまで言って、僕は大きく息を吐いた。
紅茶に口をつけつつチラと表情を窺ってみれば、いやらしい笑みはいつしかただ楽し気なものへと変わっていた。
「お花にお詳しいのですね」
「ええ、まぁ。たまたま知っていただけですけれど。しかし、これでお悩みも一つ消えましたね。お客様にもよろしく――」
「あぁいえ、花屋はやっておりません」
「……んえ?」
変な声が漏れた。
たまにある、変なやつだ。
まあ、ある程度予想はしていたことだけに、そう驚きはしなかったけれど。
内容が内容な時点で、ただの依頼でないことは明らか。であれば、クイズがただの遊びか、はたまた仕事云々の話が出ていたからこその力試しだったのか。
何れにしても、まぁそうだろうな、といった感覚だ。
別に、答え云々ではないらしい。
「ふむふむ。では神前さん、採用いたします」
「——んぐぁ?」
もっと変な声が漏れてしまった。
採用? いや、勿論嬉しくはあるし、喜ぶべきところなのだろうけれど、素直に言葉を受け入れられない。
仮にこれがパス条件だとして、一応と言うか、ちゃんとした名のある店であるここでも、普通は履歴書持参や面接などがあるものではないのだろうか。
高校では原則としてバイトが禁止だったから、仕事というもの自体これが初めてではあるけれども、いや、田舎と都会でそこに差などあろうものか。
それにだ。
「僕が花のことについて知らなければ?」
「勿論、採用していました」
「つまりは?」
「ええ、言ってしまえば意味のないこと――ですが、知識が多いに越したことはありません。ちょっとした力試しだとでも思って頂ければ」
「――では、見ていたのは?」
答えではなく、
「貴方の内面的な部分を見ておりました。話を聞く姿勢、態度、その向き合い方――ことこの店に関しましては、それはとても重要なことですから」
「ならなぜ僕が採用なのでしょう、それがただクリア出来ていたからですか? 理由をお聞きしても?」
生まれて来たのは、当然の疑問だった。
仮に何かしら制度の違いがあるとしても、素性知れぬ相手を雇う、などということは、流石に無いだろうと思えてならなかったからだ。
一つでも二つでも、僕のことについては触れて置くべきところだ。
まだ、名前と出身地しか言っていない。
と、そこでようやく気が付いた。
「そう言えば、あなたのお名前…」
今更ながら、自分の名乗りこそしたものの、彼女の名前は尋ねていなかった。
「名前? ああ、そういえばそうでしたね」
では改めて、と咳払い一つ。
「記憶堂の現店主、名前は桐島藍子と申します。当店ではその名の通り、お客様の《記憶》を取り扱っております」
優しい笑みと共に放たれたのは、言葉のまま信じるには、あまりに現実離れしたものだった。
恐らく、彼女の要望には応えられるらしい。
コホンと一つ咳払い。
目を見て向かい合う。
「お客さんは英語を話すアメリカ人、冬の時期にやってきて、もうじき奥さんの誕生日らしいと。まぁ花屋さんの選ぶお花なら、何でも素晴らしいものではあるのでしょうが、特別なことであるのは確か。それゆえの、自分で書いたメモの持参。であれば、考えられるのは一つだけです。もっとも、これはことこのクイズに関してだけ言えることですが」
「――はい。答えをどうぞ」
随分と嬉しそうな目だ。
「答えはプラム、スモモの花をくれと、その男性は依頼をしたようです」
プラム。バラ科サクラ属の植物だ。
が、重要なのは品種や名前ではない。
「プラムという単語一つ取れば、セイヨウスモモ、暗紫色、濃紫、と名詞訳の多い単語ですが、一つだけ違った形容訳があります」
「ええ」
彼女は頷く。
どうやら正解らしい。
「プラム、と英和辞書で引いた時、順に暗紫色、すばらしいもの、と出て来る。しかし漢字に関しては全く分からず、且つ難しい字です、書きやすく分かり易いひらがなを選んだのでしょう。だから《すばらしいもの》、つまりはプラムの花を欲しがった。二月に来て誕生日だと言っていたのなら、二月二十二日が誕生花であるプラムはピッタリ当てはまります」
一息にそこまで言って、僕は大きく息を吐いた。
紅茶に口をつけつつチラと表情を窺ってみれば、いやらしい笑みはいつしかただ楽し気なものへと変わっていた。
「お花にお詳しいのですね」
「ええ、まぁ。たまたま知っていただけですけれど。しかし、これでお悩みも一つ消えましたね。お客様にもよろしく――」
「あぁいえ、花屋はやっておりません」
「……んえ?」
変な声が漏れた。
たまにある、変なやつだ。
まあ、ある程度予想はしていたことだけに、そう驚きはしなかったけれど。
内容が内容な時点で、ただの依頼でないことは明らか。であれば、クイズがただの遊びか、はたまた仕事云々の話が出ていたからこその力試しだったのか。
何れにしても、まぁそうだろうな、といった感覚だ。
別に、答え云々ではないらしい。
「ふむふむ。では神前さん、採用いたします」
「——んぐぁ?」
もっと変な声が漏れてしまった。
採用? いや、勿論嬉しくはあるし、喜ぶべきところなのだろうけれど、素直に言葉を受け入れられない。
仮にこれがパス条件だとして、一応と言うか、ちゃんとした名のある店であるここでも、普通は履歴書持参や面接などがあるものではないのだろうか。
高校では原則としてバイトが禁止だったから、仕事というもの自体これが初めてではあるけれども、いや、田舎と都会でそこに差などあろうものか。
それにだ。
「僕が花のことについて知らなければ?」
「勿論、採用していました」
「つまりは?」
「ええ、言ってしまえば意味のないこと――ですが、知識が多いに越したことはありません。ちょっとした力試しだとでも思って頂ければ」
「――では、見ていたのは?」
答えではなく、
「貴方の内面的な部分を見ておりました。話を聞く姿勢、態度、その向き合い方――ことこの店に関しましては、それはとても重要なことですから」
「ならなぜ僕が採用なのでしょう、それがただクリア出来ていたからですか? 理由をお聞きしても?」
生まれて来たのは、当然の疑問だった。
仮に何かしら制度の違いがあるとしても、素性知れぬ相手を雇う、などということは、流石に無いだろうと思えてならなかったからだ。
一つでも二つでも、僕のことについては触れて置くべきところだ。
まだ、名前と出身地しか言っていない。
と、そこでようやく気が付いた。
「そう言えば、あなたのお名前…」
今更ながら、自分の名乗りこそしたものの、彼女の名前は尋ねていなかった。
「名前? ああ、そういえばそうでしたね」
では改めて、と咳払い一つ。
「記憶堂の現店主、名前は桐島藍子と申します。当店ではその名の通り、お客様の《記憶》を取り扱っております」
優しい笑みと共に放たれたのは、言葉のまま信じるには、あまりに現実離れしたものだった。