【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 姉妹二人は風呂へ。遥さんはコンビニへ。
 葵と誠二さんはソファでくつろぎ、僕はお母様の手伝いだ。

「丁寧に洗ってくれて助かるわ。お父さんもたまに手伝ってくれるんだけど、洗い残しの多さに定評があって」

 隣ではずっと、お母様が楽しそうに話している。
 背後少し離れたところから、お父様も会話に参加して「お母さんが綺麗好き過ぎるんだよ」と。

 仲の良さが伺えるそんな会話に、緊張の糸などはとうになくなっていた。

「そういえば」

 僕が洗い終えて手渡していく皿の水気をふき取りながら、お母様が呟いた。
 内容は、どうして、サークルのメンバーでもない僕が、同じくメンバーでない女の子と一緒になって天文部と繋がったのかということだ。

「言っても良いのかな……葵に関わることなんですけれど」

 人の事情や私情を、易々と他人に話す趣味はない。
 しかし、僕のことを語る上では今回の仕事について、どうしても触れる必要がある。

 と、渋っていた僕の言葉を遮るようにして「いい」と部屋に入って来た葵。私が話すからと、言葉を続ける。
 僕にはそのまま皿洗いを続けるよう命じて、葵はソファに座りなおした。
 テレビ画面を正面に、まるで独り言のように訥々と語り始める。

「去年、おじいちゃんが亡くなった。そのもっと前に両親も事故で向こうに逝ってて、おじちゃんはその代わりをしてくれてた」

 そんな衝撃的な導入文句に、二人の表情は一切の動揺も見せない。
 恐らく葵も、視界の端それを捉えているだろうけれど、こちらもトーンを変えずに続ける。

「いつだったか連れて行ってもらった所があって。凄く綺麗な場所で、おじいちゃんといっぱい話した、一番思い出深いところ。でも、あんまり世間を知らない私だから、多分一回二回は聞いたんだろうけど、そこがどこにあるか、何て名前だったか覚えてなくて……そんなある日に見つけたのが、とある小さなお店。そこの若い女の店主は、写真を見せた瞬間に、一目でそこが何だか言い当てて、事実正解だった。それで私がその場所に行くってなったら、まこと――お兄さんも着いて行くことになって」

 正確には、着いて『来させる』ことになって、だが。
 葵の方から勝手に言い出したことを、もう忘れたのだろうか。
 嫌な気はしないし、今必要ではないから言わないけれど。

 葵の語りに、お母さまは「そう」とだけ優しく言って、お父様含め、そちらからはそれ以上の言及はしなかった。
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