【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
第7章 不吉の足音
 目が覚めると、そこは既に九州の地。
 窓の外は、すっかり明るくなっている。天気予報で確認していたとはいえ、快晴に恵まれたのはとても喜ばしいことだ。

 と、寝すぎにも程がある、と諭してきたのは葵だった。
 それは君が昨晩、僕が借り受けた筈の布団を占領していたからであって。僕はその分だけだけれど、寝不足だというのに。
 ともあれ、流石に十時間近くも夢の中にいたら、聊かの眠気も残ってはいない。欠伸もすることなく、清々しい程の起床だ。

 葵の小言の後で、助手席から紗織さんが声を掛けてきた。

「ぐっすりでしたね。体調は大丈夫かしら?」

「すいません、自分からナビ役を名乗り出ておきながら…」

「気にしなくても平気ですよ。大体の所要時間を知っていたのだって、一度熊本付近
に行ったことがあったからですもの」

「へぇ、そうだったんですね」

 しかしだからと言って、その一度でルートを完全に覚えているということもあるまい。
 少々、気を遣わせてしまったようだ。

 気を遣わせたと言えば、葵が小言を言って来た場所についてもだった。
 運転席のすぐ後ろにある二人掛けの椅子に僕と葵、丸い机を挟んだ対面のソファに乙葉さんと琴葉さん、遥さんの筈だったのだけれど、僕が眠りに入ったすぐ後で、葵は狭くなってしまうことを謝って双子の座るソファへ、遥さんはベッドの方へと移動していたのだ。それによって、僕は二人分の空間を横になって占領してぐっすりだったわけだ。

 一言で平謝りしておいて、僕は運転する誠二さんとそれを支える紗織さんに向き合った。

「そういえばと言いますか、お二人は桐島さんと繋がりがあったようですが」

 昨晩見せた、桐島さんが落ち合うことに対する驚きは、普通とは少し違ったニュアンスを含んでいた。

「そうそう、そのことなんだけど。こっちの方が驚いたよ、まさかまこっちゃんが藍子さんの所でバイトしてたとは」

 琴葉さんが、既に定着してしまっている妙な呼び名で割り込んで来た。
 横では、乙葉さんもうんうんと頷いている。
 藍子さん、と下の名前で呼ぶ辺り、ただの知り合いというわけではなさそうだけれど、一体。
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