【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「懐かしいね。あれって、もう五年前になるのかな?」
ふと窓の外に目をやりながら、琴葉さんが呟く。
僕と葵以外、岸家全員がそれに「そうだな」「本当懐かしいわね」「元気なのかしら」と同調し、それぞれ穏やかに微笑んだ。
五年前の秋頃、滋賀県は比叡山延暦寺。
当時、岸家四人で山に入った時のことだ。
各地の御朱印帳集めに始まり、お寺自体に興味を持ち始めた両親二人。その時は、御朱印帳云々は度外視して、たまたま知った延暦寺巡りをしようという話になったらしい。
ドライブウェイを「高い値段するんだな」と話しながら進み、辿り着いたのは東塔根本中堂。堪能した後、そこから徒歩で西塔を目指していた時、東塔からはものの一キロ程の距離しかない道中、琴葉さんが慣れない登山道に靴擦れを起こして立ち止まってしまう。
少しだけ開けた、といっても人がすれ違うくらいしかない山道で、運よく誰も来ない中、応急処置をしようという流れになった。が、その物品の持ち合わせが丁度なく、では仕方がないから誠二さんがおぶって行こうと無理を申し出た時。
すれ違いに声をかけてきたのが、似たような理由で山に入っていた桐島さんだったのだ。
後続する人影がないことを確認して、手早い作業で消毒、止血を終え、辛うじて歩ける状態まで持っていくと、心配なのでせっかくだから一緒に行こうということに。山道の歩きかたにはコツがある。靴選びも重要だ。無理は一番よくない。と親切に教えてもらいながら歩いていると気が紛れ、気が付けば西塔へと辿り着いていたのだとか。
それからも、親二人がお寺などに興味があって――という話をしたところ、持ち前の記憶力を以って、その歴史背景や見所、簡単な雑学なんかを披露して、巡礼を盛り上げてくれたのだと言う。
すっかり懐いた双子に対し、優しくそれぞれを乙葉さん、琴葉さん、と下の名前で呼ぶものだから、姉妹も親しみを込めて『藍子さん』と呼ぶ仲に。
しかしその日の別れ際、当時携帯電話なるものを持っていなかった桐島さんとは、連絡先を交換出来ず、今回はそれ以降初の再会なのだそうだ。
「楽しみ過ぎて、ちょっと緊張してきたかも」
「私もよ。奇遇ね」
助けられた本人は高鳴る胸を押さえ、姉はその手にそっと自分の両手を重ねる。
趣味に付き合ってもらった誠二さんと紗織さんは、当時を懐かしんで「楽しみね」「そうだな」と笑っていた。
まだ日も浅い僕らには共有し難い感覚だけれど、何となくその場の空気が心地良くて、温かくて、ふと葵と顔を見合わせて笑っていた。
ふと窓の外に目をやりながら、琴葉さんが呟く。
僕と葵以外、岸家全員がそれに「そうだな」「本当懐かしいわね」「元気なのかしら」と同調し、それぞれ穏やかに微笑んだ。
五年前の秋頃、滋賀県は比叡山延暦寺。
当時、岸家四人で山に入った時のことだ。
各地の御朱印帳集めに始まり、お寺自体に興味を持ち始めた両親二人。その時は、御朱印帳云々は度外視して、たまたま知った延暦寺巡りをしようという話になったらしい。
ドライブウェイを「高い値段するんだな」と話しながら進み、辿り着いたのは東塔根本中堂。堪能した後、そこから徒歩で西塔を目指していた時、東塔からはものの一キロ程の距離しかない道中、琴葉さんが慣れない登山道に靴擦れを起こして立ち止まってしまう。
少しだけ開けた、といっても人がすれ違うくらいしかない山道で、運よく誰も来ない中、応急処置をしようという流れになった。が、その物品の持ち合わせが丁度なく、では仕方がないから誠二さんがおぶって行こうと無理を申し出た時。
すれ違いに声をかけてきたのが、似たような理由で山に入っていた桐島さんだったのだ。
後続する人影がないことを確認して、手早い作業で消毒、止血を終え、辛うじて歩ける状態まで持っていくと、心配なのでせっかくだから一緒に行こうということに。山道の歩きかたにはコツがある。靴選びも重要だ。無理は一番よくない。と親切に教えてもらいながら歩いていると気が紛れ、気が付けば西塔へと辿り着いていたのだとか。
それからも、親二人がお寺などに興味があって――という話をしたところ、持ち前の記憶力を以って、その歴史背景や見所、簡単な雑学なんかを披露して、巡礼を盛り上げてくれたのだと言う。
すっかり懐いた双子に対し、優しくそれぞれを乙葉さん、琴葉さん、と下の名前で呼ぶものだから、姉妹も親しみを込めて『藍子さん』と呼ぶ仲に。
しかしその日の別れ際、当時携帯電話なるものを持っていなかった桐島さんとは、連絡先を交換出来ず、今回はそれ以降初の再会なのだそうだ。
「楽しみ過ぎて、ちょっと緊張してきたかも」
「私もよ。奇遇ね」
助けられた本人は高鳴る胸を押さえ、姉はその手にそっと自分の両手を重ねる。
趣味に付き合ってもらった誠二さんと紗織さんは、当時を懐かしんで「楽しみね」「そうだな」と笑っていた。
まだ日も浅い僕らには共有し難い感覚だけれど、何となくその場の空気が心地良くて、温かくて、ふと葵と顔を見合わせて笑っていた。