【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「記憶、ですか」

 文字通り、と言われても。
 当たり前のように言ってのけられたその言葉が、耳に馴染まず思わず聞き返すと、桐島さんは軽く短く「ええ」とだけ言って頷いた。

「祖父から継ぎまして、私で四代目となるこのお店は、全国一店舗ここしかない、特別なものなのです。ご来店なさいましたお客様の、言葉や物、音といった類の記憶を頼りに、依頼のお手伝いをする――言ってみれば、お悩み相談所、兼その解決といった役割ですね」

「それが貴女、桐島さんのお仕事…?」

「副業なんですけどね。本職は作家業を。霧島愛、という名前に聞き覚えはありますか?」

 そんな言い分に、僕は内心驚きつつも無言で頷いた。
 デビュー作の初版売り上げは現在数百万部。その他数多くの著書を累計して、数千万部にも及ぶ人気作家、霧島愛。ドラマ化、映画化された作品も多く、中でも『二十一』は、社会現象にまで発展する程のフィルムとなった。
 田舎者の僕でも知っている程の人気ぶりだ。

「年配者か若者か、そも男か女か、と様々な憶測飛び交っている様子の作家さんが、まさか貴女のような方だったとは」

「幻滅しました?」

「いえ、イメージ通りで安心しました。寡黙で非力なお嬢様、といった不随情報とは、どうやら違う様子ですけれど。表情豊かで優しそうな印象です」

「あら、それはとっても嬉しいお言葉ですね。新作の舞台は私の故郷をと考えているのですが――っと、その話はまたにしましょうか。ともあれ、つまりはお客様の忘れてしまった過去を探る、というのが仕事ですね」

「なるほど。つまりはあの本の山が、そちらの仕事の物だというわけですか。小説を書く為の参考とするには、舞台設定にしかならないでしょうし」

 ところ狭しと積み重ねられていた、本棚にはとても収まり切らない量の本たち。
 観光地やパワースポット、秘境と、それらに関する内容のものばかりだった。

「ご名答です。私の先代たちが代々使っていた物なのです。まぁ、私にはもう必要ない物なんですけれど」

「と、言いますと?」

「ええ。少々お待ちください」

 そう言い残すと、桐島さんは席を立ち、部屋から出ていった。と、ものの数秒で戻って来た手には、一冊の本が握られている。
 机上に置かれたその表紙には、鳥取県、と確かに記載されている。

「そうですね。では、百七十二ページを」

「え? あ、はい」

 手に取り、指定されたページを開く。
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