【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 やや遠巻きに見えた、ここを恋人の聖地たらしめる証拠のハート像の前で並んでいる二人。
 紗織さんがスマホを手に持って、慣れない操作で自撮りをしている。

 夫婦仲円満。

 いつか結婚する相手とは、これくらい仲の良い関係を築いていきたいものだ。と、まだ二十歳にもなっていない若輩の身で思ってしまう程、傍から眺める二人の姿は眩しく見えた。

「戻りました。改めて運転お疲れ様です。お二人も休めましたか?」

「ええ、それはもう。いい思い出も作れたわ」

「それは良かった」

 声を掛けたのは、車に戻っておくという暗示だったのだが。
 踵を返して戻ろうとする僕を、紗織さんが引き止める。

「真くんも、一枚どうかしら?」

「え、と…」

「おばさんとは嫌?」

 と、言われても。
 むしろ逆と言うか、年齢的には五十近いと思うのだが、全くそんな気がしない程に綺麗と言うか――正直、近くにいるだけで少し緊張する。
 芸能人のように肌はすべすべとしていて、しわも全然ない。

「何と言いますか、僕には余るような気がして」

「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。でも、残念。この人生はこの人ひとりって決めてますから」

「そう堂々と言えるところ、美点ですよね。かっこいいです」

「ふふ。さ、いらっしゃい」

「……はぁ、分かりましたよ」

 手招かれるままに、誠二さんと場所を交代して紗織さんの隣へ。
 いや、改めて思うと、この構図は割とまずいのでは――

「さ、紗織さん、せめて湾をバックにしましょう…! 色々と僕が我慢できません…!」

「あらー初々しいわね」

 うふふ、と頬に手を添えて笑う表情は、悪戯なそれだ。
 少しポジションをずらして、湾をバックに一枚パシャリ。
 撮った誠二さんに見せて貰うと、それはそれはガチガチに固まった男子と、大人の余裕を見せる女性の二人が並んでいるだけの、奇妙な写真だった。

 小さな願い事を叶えられた紗織さんが先導して、誠二さん、僕と車へ乗り込む。
 大人二人が盛り上がっている中、体力多い十代もいる若い四人は、ここに来た時とまったく変わらぬ寝顔で横になっていた。

「ふふ。いつになっても、子どもの寝顔は可愛いものですね」

「そうだな」

 二人揃って微笑んで、前を向くと再び走りだす大型の車。
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