【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「そう言えば、葵」

 キャンプ場を後にして二十分。
 隣を歩く葵に、僕は今更ながらの疑問をぶつけた。
 彼女が持つ肩掛けの袋に入ったブルーシート、キャンプグッズの椅子は、二時間という長い時間を歩く女の子には似つかわしくない。

「あぁ、これ。役に立つかは分かんないけど、一応」

「一応って。まぁいいんだけど」

 僕が気になるのは、ただそれを持っているということだけでなく、何度も何度も重さでズレ落ちるそれを直す姿なのだけれど。
 葵は強がってか使命感か、誰にも頼らず涼しい顔をしているのだが、

「椅子、貸して。重いでしょ」

 強引に引き剥がして担いだそれは、予想を少し超えて重かった。

「……ポイント稼ぎ?」

「またそれを言うの。親切心だって」

 悪態を吐ける辺り、まだ極限までへばってはいないらしい様子は窺えるのだけれど。
 スマホ片手に仲良く並んで歩く姉妹に先導されて、向かう通潤橋。
 有数の観光スポットと同時に歴史的背景を色濃く持つ、国内最大の石造り水管橋だ。

 あれから少し勉強した知識を披露すると。
 水不足に悩む農民を救う為に、布田保之助という人物が五老ヶ滝川に創設したもので、そこから六キロも離れた笹原川から水路を引き、埋設された通水路三本を介して水を運んだ。
 石橋の高さの限界である二十メートルを実現するために、様々な工夫が導入されており、その甲斐あって、実に百十年という長い年月使用されたのだ。

 今でこそ観光スポットとなっているが欄干がないのは、その当時は人々を救った、あくまで『通水路』であったから。

 といった、僕からすれば自慢できる知識も、

「そういった背景があったのですね」

「写真で見たことのある石像は、その人のものだったんですか」

 長い道中を暇で潰してしまわないようにと、桐島さんによって披露されたそれに皆が食いついて反応していた。
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