【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 覚えていることが合っているのかどうか、不安になる僕と違い、彼女は全てを図式のようなイメージで覚えている。文字の羅列ではなく、それを一つの纏まりとしてインプットしているのだそうだ。

 敵う筈もない。

「はぁ」

 溜息を吐いた僕の袖を弱く引いてくる人影一つ。
 半歩斜め後ろを歩く葵は、浮かない顔をして深く息を漏らした僕のことが気になったらしく、つい袖をつかんでいたのだと言う。

 何でもないと言うと「そう」と返すのだけれど、少し速度を上げて僕の真横に並ぶと、じっと顔を見つめて逃がしてくれなくなった。

「あっちの話、聞かなくていいの?」

「いい。私が求めてるのは、知識じゃなくて、おじいちゃんだから」

 なんて真っ直ぐ、なんて純粋な気持ちなのだろう。
 それに付随する何かを知っておきたいと思うのは、きっと間違いではないのだろうが、葵が求めるものの中に限ってはそれが必要ないらしい。

 祖父の触れたものに、祖父と触れたものに、触れたままの気持ちでの再会を望んでいる。
 どこまでも正直な、偽りのない心。
 葵は、とにかくもただ真っ白だ。

 僕が透明だなんて、恐れ多いとさえ思える。

「……そっか」

「うん」

 その決意に満ちた瞳に、濁りのない心に、依頼されたからには応えなければならない。
 どこまで出来るかは分からないけれど、せめて納得して帰れるようには尽くしたい。

「葵」

 僕はその名前を呼んだ。
 まだ知り合ってから一週間しか経っていない関係だが、彼女の為なら今出来る全てを賭けてでも役に立ちたいと思っている。

 そう思わせてくれる程、彼女の真っ直ぐさは眩しい。
 そんな思いが、声にまで現れてしまっていたのか。

 葵は「何?」と僕の方を向いて、

「絶対に、見つけよう」

 僕が言うと、少し驚いて固まった。
 それは、彼女を勇気づけるようでもあり。
 それは、自らの弱さを鼓舞するようでもあり。
 どちらに取られたかは分からないけれど、葵は力強く「うん」と頷いてくれた。

 きっと、手ぶらで帰ることにはないだろう。
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