【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「そうですか。ともあれ、皆さんにも話しておきましょう。少し先の方にいる、他の観光者の方にも」
桐島さんが目線で指す先には、三人並んで歩く男女の姿。
明らかに地元民らしからぬ装備から察するに、歩いている理由は桐島さんが言った通りだろう。
「風邪をひいてしまっては元も子もありません。祝日である明日の月曜を過ぎれば、四人には学校が、誠二さんにいたっては大事なお仕事があります。同じ雨に打たれるのでも、時間は短い方がいい」
それは極めて合理的な判断で。
同時に、極めて無情な判断で。
ただ物見遊山に来たのであれば、その策に乗るのは必定。身体を大事にして、学校に行って、また日が空いてから来ればいい。
確実に雨でない日を選び、あるいはキャンプを抜きにして車で来るのもありだ。観光バスも回っているらしいから、公共手段で来るのもいいだろう。
――違う。そうじゃない。
頭では分かっていても、心がそれに着いて行くとは限らない。
僕にはまだ、離れているけれど両親が居て、その祖父母はどちらも無事で、誰かを失った経験がないから葵の気持ちは分からない。分かろうとしても、近付けるものではない。
けれど、葵の話を聞いて、思いに触れてみて、その強さだけは分かった。覚悟の大きさだけは分かった。
楽し気な女子同士の会話を無駄だと言える程、意識の及ばない夢で涙を流せる程、求めて求めて、求めて――今やっと、そこに近付いているのだ。
しかし。
「――葵」
僕は、早歩きで先へ先へと進む葵の名前を呼んでいた。引き止めるためだ。
そうだ。自分で言った通り、時間はこの先にいくらでもある。
引っ越しだの卒業だの、そういった話がない限り、いくらでも。
金欠だって言うなら、僕が貸す。道なりが分からないなら案内する。
だから、まずは風邪をひかず、健康で未来のことを考えられるように――
「四月十四日」
せめて何事なく、ただ今は身を引いて欲しかっただけなのだけれど。
ふと、葵がその日付――そう。今日の日付を口にした。
疑問符を浮かべる僕に、振り返ることなく、小さく一言。
「おじいちゃんの誕生日なの」
それがとどめとなって。
僕は迷わず、葵の隣に立った。
桐島さんが目線で指す先には、三人並んで歩く男女の姿。
明らかに地元民らしからぬ装備から察するに、歩いている理由は桐島さんが言った通りだろう。
「風邪をひいてしまっては元も子もありません。祝日である明日の月曜を過ぎれば、四人には学校が、誠二さんにいたっては大事なお仕事があります。同じ雨に打たれるのでも、時間は短い方がいい」
それは極めて合理的な判断で。
同時に、極めて無情な判断で。
ただ物見遊山に来たのであれば、その策に乗るのは必定。身体を大事にして、学校に行って、また日が空いてから来ればいい。
確実に雨でない日を選び、あるいはキャンプを抜きにして車で来るのもありだ。観光バスも回っているらしいから、公共手段で来るのもいいだろう。
――違う。そうじゃない。
頭では分かっていても、心がそれに着いて行くとは限らない。
僕にはまだ、離れているけれど両親が居て、その祖父母はどちらも無事で、誰かを失った経験がないから葵の気持ちは分からない。分かろうとしても、近付けるものではない。
けれど、葵の話を聞いて、思いに触れてみて、その強さだけは分かった。覚悟の大きさだけは分かった。
楽し気な女子同士の会話を無駄だと言える程、意識の及ばない夢で涙を流せる程、求めて求めて、求めて――今やっと、そこに近付いているのだ。
しかし。
「――葵」
僕は、早歩きで先へ先へと進む葵の名前を呼んでいた。引き止めるためだ。
そうだ。自分で言った通り、時間はこの先にいくらでもある。
引っ越しだの卒業だの、そういった話がない限り、いくらでも。
金欠だって言うなら、僕が貸す。道なりが分からないなら案内する。
だから、まずは風邪をひかず、健康で未来のことを考えられるように――
「四月十四日」
せめて何事なく、ただ今は身を引いて欲しかっただけなのだけれど。
ふと、葵がその日付――そう。今日の日付を口にした。
疑問符を浮かべる僕に、振り返ることなく、小さく一言。
「おじいちゃんの誕生日なの」
それがとどめとなって。
僕は迷わず、葵の隣に立った。