【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 そこには、

三徳山(みとくさん)投入堂(なげいれどう)、及び三佛寺(さんぶつじ)本堂の写真が載っていますね?」

「はい。これなら僕でも知っています。有名ですよね――って、え…?」

 僕は思わず、視線を本から桐島さんの顔へと移した。
 何事もないように珈琲を啜っている様子が見て取れる。けれども、その異常性は明らかだった。

「逆のことも出来ますよ。何かページを指定してみてください」

 もう、何が何やら。
 言われるがまま、僕は適当に三十五と口にした。

「スイーツのページですね。その観光本の執筆当時のランキングで第十一位、山本おたふく堂さんの本店が載っています」

「八十七ページ…」

「おさかなダイニングぎんりん亭さんの、春雨入り茶碗蒸し特集」

「百一ページ…!」

「倉吉市のご当地キャラクター、くらすけくんのページです」

 数秒と待たずに繰り出される回答は、全て確かなものばかり。
 呆気にとられた。
 彼女が部屋を出て戻って来るまでの時間は、僅かに数秒程。そもそこから可笑しな話である。

 大方の整理をしているのであれば、話は別だ。しかしそれでも、先ずはこの変だったかなと山を張り、次にそれをようやくと見つけ、手にして戻って来るくらいの時間はかかってもいいものだ。

 しかし彼女のそれだと、初めから確実にそこにあると分かっているものだけを見、手にし、戻って来たとしか考えられない。
 そして今。持ってくるその間にページを捲り、幾つか選んで披露するだけなら、そう難しい話ではない。が、こちらも同じ話――元々どのページに何が書いてあるのかを知っていなければ成し得ない芸当だ。

 これはもはや、何となく覚えているから、という次元は軽々と超えている。
 仮にこの本や他の本何冊かについてだけ、完璧に覚えていたとして。それでもやはり、僕が鳥取県出身であることを予め知ってでもいなければ、不可能だ。

「どうして、といった面持ちですね」

「それはそうでしょう。これはアレですか、新種の手品か何かですか?」

「勿論、そんなに器用な真似は出来ませんとも。では、どういうことか」

 彼女は軽く咳払いをした。
 空気を切り替えて目を開き、僕の目を真っ直ぐに見て一言。

「分かる、としか言いようがないのです。答えは簡単。私が、ある意味一種のサヴァン症候群のようなものであるというだけの話ですから」
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