【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「やま……二つの、膨らんだやつ――どこ…ねぇ、まこと…」

 辺り一帯、ばらばらに目を送りながら葵が問いかけて来る。
 倣って僕も眺めているのだが、それはやはりどこにも存在しない。
 橋の下を流れる川辺には岩場があって、その上に少しの土があって、草が生えていて、それが広く続いていて。この自然だけが分布している空間に、抽象的にも見えたあれは見当たらない。

「おじいちゃん……まこと…! ねぇ、どこ……おじいちゃんがいないよ…」

 思い出の地に間違いないこの場所に、その影はなかった。
 同じ景色を眺めても、祖父と見た、祖父が視たその場所に立たなければ、その心に触れたことにはならない。
 桐島さんに「二つ目の依頼は叶わないかもしれません」と言われた時、それでも良いと言っていたのは、今思えば、強がりに決まっていた。

 絶対に見つけよう、なんて言葉では格好良く言っておいて、自ら触れたここでは役に立たない。 
 誰の目にも明らかな現実は、言葉を越えた痛みを残した。

「私が、ここに来たのは……おじいちゃん…おじいちゃんに会う為で…」

 鋭い刃となって、尖った槍となって、細く頑丈な矢となって、葵の心を壊していく。
 見るに見かねて、僕はただ椅子をそこに設置した。
 役に立つかは分からないけれど、と葵が語ったそれだ。
 手早く広げて置いた椅子は存外小さく、まだびしょ濡れで、小柄な葵が座っても『二人用』という文言が嘘のように埋まってしまう。

「ちょっとだけ、休みな。温かい飲み物も持ってきてるから」

 偉そうに言いながら渡したのは、紗織さんから貰った、温かいお茶の入った魔法瓶。
 自分で準備したのではないそれを自分の手柄のように渡して、しかし葵は口をつけないで手に持つ。
 長旅もあって相当消耗しているのか、程なくして葵はこっくりこっくりと頭を揺らし始めた。

 お疲れ様。

 そう思っても言葉に出来ないのは、それが今は相応しくないと分かっているから。
 まだ一番の目的を達していないというのに、お疲れも何もないというものだ。
 実は凄く遠くの方から拡大して撮ったものではないか、といった安直な考えの元、僕は葵の元を離れて一人探索を再開した。

 ちらと振り返る度、葵の肩が沈んでいくのが分かる。

「どこだ…はぁ、はぁ…どこだ……!」

 五十メートルは離れたか。
 どこまで行っても、同じ緑が広がるだけ。
 黒い二つの山など、どこにもない。

 それでも何か、何か似たようなものはないかと我武者羅に歩いている内、到着した岸家一同と遥さん、桐島さんが、消耗した様子葵を敢えて避けて、迷わず僕の方へと走って来た。
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