【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
「見つかった?」

 そう声を上げたのは乙葉さん。
 勿論何も成果は得られていないので首を横に。
 桐島さんは、やっぱりといった、しかし複雑な表情をして溜息を吐いた。

 六人を巻き込んで、宛てどなく走り回る。
 奥へ、手前へ、遠くへ、近くへ。
 念のためにと対岸に渡って、同じように奥や手前へ行ったり来たり。
 何が正しいのか分からない、堂々巡り。

 やはり、無駄だったのだろうか。
 覚えていることが全て『絶対』である桐島さんが無いと言うというからには、本当にそれはなく、だとすれば葵が言ったように、ここに来た意味とは――

 これでは本当に、手ぶらになってしまう。

「もう三十分が経ちます。神前さん」

「まだです…!」

 僕は断った。
 桐島さんがその後に、休憩しましょうと言い出すことは分かっていたから。
 体力だとか、疲労だとか、そういう話ではないのだ。

「目が覚めてまたこれを見たら、葵は何も得られないままだ。また、何もないとって涙を流して、思い出に還れない……それだけは絶対に、ダメなんです…!」

「冷静になれば、妙案だって思いつくこともあります」

「それを何より否定しているのは貴女の記憶力です…!」

「いいえ。肯定しているのです。数値や図面には決して現れないもの。それが『心』というものです」

 桐島さんは僕の進路上に立ちはだかった。

「いいですか、神前さん。仮にそれを、運よく君が見つけられたとします。その時、誰が喜びますか? 神前さんですか? ご両親ですか? 双子たちですか?」

「それは……僕は、葵のために…!」

「いいえ」

 首を横に振った。
 力強く、全否定。
< 83 / 98 >

この作品をシェア

pagetop