【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
第8章 思ひ出
 いた。
 居た。

 誰が――祖父が。おじいちゃんが。

 高宮篤郎が。

「そっか……私、おじいちゃんと話してるうちに、寝ちゃってて……それで…思い出した……思い出したよ、全部」

 また、微かに嗚咽を浮かべながら。
 ただそれは、先程までのものとは大きく異なって。
 葵が正面に構える、カメラを起動したスマホ画面が写し出すそれには、その先にある通潤橋が中央全部を陣取っているのだが、その画面左。

「あの時……そう、あの時、私はこうやっておじいちゃんに……」

 携帯電話を縦に構えた状態の人が寝転がると、それは自然と映り方が変わって。

「……なるほど」

 画面は横向き――横長の写真になる。
 心のどこかで、いつからか気付いてはいたのだと思う。
 写真は横長。携帯でもデジカメでも、もしそれを手に持って構えていたのだとしたら、その下の方に何かが映る筈はない。

 では持っていなかったとしたら。それにも、映り込む筈はない。
 その黒い二つの膨らみ以外、他に写真上には何も入ってはいない。三脚固定なら尚更あり得ないし、なら、地や三脚ではないどこかに固定し、シャッターを切ったということだ。

 地や三脚ではないどこか。
 祖父と話をしている内に眠ってしまった葵は、その後でシャッターを切った。
 睡魔と戦いながら、あるいは起き抜けの寝ぼけ眼を擦りながら。
 葵が探し求めていたものは、その地にはなかった。

 あったのは、

「おじいちゃんの膝……だったんだ…」

 その人の、温かさだけだった。

 とどのつまり、一番求めていたのはこの場所ではなく、祖父と触れ合った思い出の欠片。
 これが町中の河原でも、雑居ビルの屋上でも、廃墟の中でも、例え自宅であっても、その二つの膨らみの正体が分かったのなら、場所を問う必要はなかった。

 大きな橋下にあった小さな謎は、大切な人に貰った愛情から出来ていたのだ。

「おじいちゃん…うっ、ひっく……」

 葵の涙は止まらない。止まることを知らない。
 一気に溢れ出した感情と共に、全てを思い出しているかのように、順になぞって行くかのように、流れ、伝って、僕の肌を通して心を揺さぶる。
 熱いとさえ思えるほどの愛に彩られた涙。

 これだけ曝け出して、声を荒げて泣けるなら。
 葵から受けた依頼の二つ目。

 ここに、達成された。
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