【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 才能のある母親、秀才で成功もした父親、その血を濃く受け継いでいい仕事に就いた姉、そんな二人の下に産まれた、平凡で非才な僕。
 思い知った極めつけは桐島さんとの出会い。 

 皆、僕にないものを持っていて、僕が持っているものは当然のように持っている。

 我武者羅に手に入れたものなんてないけれど、元々持っているものは全て。
 それを認めてしまったから、受け入れてしまったから、自分で自分は無力だという評価を下して、新しいことを享受してこなかったから。

「藍子さんは凄いよね。何でも知ってるし、覚えてるし、綺麗だし胸も大きいし眼鏡だしサラサラだし」

「後半の妬みは何かな。胸なら葵だって――」

「五月蠅い」

 一刀両断。
 斬り伏せて、間を置いて、また穏やかになって。

「藍子さんは凄い。でも、ちょっと違う。心がないって言ってるわけじゃないけど、まだちょっと心には触れてくれないの」

 それは。気付いていながら敢えて離して、遠ざけて、自分自身でそれに触れて欲しかったから。
 一番最初に見つけるのは、他でもない、探し続けた本人であって欲しいと願ったから。

 それを知らずか、知った上でか、葵は、少し寂しそうな表情。

「私の勝手な色眼鏡なのは分かってる。分かった上で言うけど……まことは、私の心に触ってくれた。無理だって言われたことに付き合って、断らなくて、一緒になって汚れてくれて」

「それは…」

「うん。当然なんだよね。それが普通だと思ってるから――それが特別なんだって自覚がないの」

「特別…?」

「特別だよ。それを辺り前だと言える人なんていない。少なくとも、私の知ってる人の中には、誰もそれを当たり前だなんて言う人はいない。見返りを求めて、恩賞を求めて、ただ効率の為にその皮をかぶってるだけ」

 一度決壊した抑制は脆く。
 再び込み上げた感情の波は、何に阻まれるでもなく溢れ出した。
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