【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 どこが素敵だと言うのだろう。
 自分を捨てて他人だけ正当化する、これのどこが。

「素敵って、いや、どこが?」

「うーん……分かんない」

「へ…?」

「分かんない。でも、それでいいと思う。人間、これが正しいこれが悪いって、綺麗に分けられる境界線がないんだから」

「それはそうだろうけど…」

「なら、それを決めるのは自分。自分勝手に決めちゃって、いいんだよ」

「自分勝手に…」

「うん。勝手に仕切ってその中で自分を認めて。それくらいが人間らしいよ」

 それが可能なら、人間の脳はとっくに電子化されている。そう葵は括った。
 まったく、その通りだ。
 曖昧であるからこそ、曖昧に決めてしまえばいい。
 本当に、まったくその通りな意見だ。

 身近にいる天才たちをボーダーだと決めて、それに対して己を評価していたのが間違いだった。

 いや、正しかったのだろうけれど、間違いでもあったのだ。
 その境界線は、好き勝手に変えていいものなのだ。自分にはこれくらいしか出来ないと思うのではなく、これだけ出来るのだと主張してもいいのだ。

 ものは言いよう。

 自分で言っておいて、それに他人から気付かされるとは。
 まったく、情けの無い話だ。

「すぐに変わるのは、難しそうだ」

「いいじゃん、ゆっくりで。どうせまだ十九なんだし」

 そうだ。そうだった。
 葵が年下で、何だか危なっかしくて、どこか兄心地になっていた節があったけれど、忘れていた、僕らは一つしか変わらなかった。

 平均年齢まで生きられるとして、まだまだ先は長い。
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