【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
本格的に講義も忙しくなってくると、バイトも少しではあったがきつくなり始めていた。
桐島さんは無理をするなと言ってくれるのだが、雇ってもらっているからにはと通っている。仕事がなければ場所を借りて勉強をしているので、決して時間も無駄にはなっていない。
たまに葵が遊びに来るのだけれど、観光地本を読んでは「借りていい?」と桐島さんに尋ねて持って帰るだけなので、邪魔でも何でもなかった。
何とか春夏の課程を終え、大学も休みに入った。
中学や高校と違って、七月も早くから既に休みに入るとは思わなかったけれど。
暇な時間が増えたある日、そう言えばと思い出した、桐島さんの――いや、霧島愛の次回作のこと。
確か、地元のことを題材にすると言っていたけれど。
「この間、二十一読みましたよ。まだ驚いてるんですけれど、喜怒哀楽が全部感じられて……流石はプロといったところです」
桐島さんはパソコンに向かい合ったまま、微動だにしない。
「桐島さん…? っと、そういえば新作のことはどうなってるんですか? 最近、あまりパソコンを触っていない様子ですけれど」
思って、椅子を立った。
瞬間の出来事だった。
「神前さん――」
僅かに震える声。
はい、と応じるや、「うーん」と何やら悩んでいる様子。やがて小首を傾げて一言。
「この、霧島愛さん、ですか。この方、誰のことだか分かりますか? このパソコン、ひょっとして私の物ではなかったり――」
刹那、頭が強く打たれる感覚がした。
突拍子の無いそんな発言に狼狽えもしたが、しかし脳は予想を裏切って冴えわたっていた。
数日前――そう、桐島さんと初めて出会った折に、彼女が言っていたこと。
『私に関わる私自身の記憶一つ。それが、図書館の鍵です』
と。
まさか――
――完――
桐島さんは無理をするなと言ってくれるのだが、雇ってもらっているからにはと通っている。仕事がなければ場所を借りて勉強をしているので、決して時間も無駄にはなっていない。
たまに葵が遊びに来るのだけれど、観光地本を読んでは「借りていい?」と桐島さんに尋ねて持って帰るだけなので、邪魔でも何でもなかった。
何とか春夏の課程を終え、大学も休みに入った。
中学や高校と違って、七月も早くから既に休みに入るとは思わなかったけれど。
暇な時間が増えたある日、そう言えばと思い出した、桐島さんの――いや、霧島愛の次回作のこと。
確か、地元のことを題材にすると言っていたけれど。
「この間、二十一読みましたよ。まだ驚いてるんですけれど、喜怒哀楽が全部感じられて……流石はプロといったところです」
桐島さんはパソコンに向かい合ったまま、微動だにしない。
「桐島さん…? っと、そういえば新作のことはどうなってるんですか? 最近、あまりパソコンを触っていない様子ですけれど」
思って、椅子を立った。
瞬間の出来事だった。
「神前さん――」
僅かに震える声。
はい、と応じるや、「うーん」と何やら悩んでいる様子。やがて小首を傾げて一言。
「この、霧島愛さん、ですか。この方、誰のことだか分かりますか? このパソコン、ひょっとして私の物ではなかったり――」
刹那、頭が強く打たれる感覚がした。
突拍子の無いそんな発言に狼狽えもしたが、しかし脳は予想を裏切って冴えわたっていた。
数日前――そう、桐島さんと初めて出会った折に、彼女が言っていたこと。
『私に関わる私自身の記憶一つ。それが、図書館の鍵です』
と。
まさか――
――完――