マーカー
その日はやけにいつも通りだった。
天からのマニュアルに則った一日だった。
信号にもかからず、レジにも並ばす、
何一つ不自由な事が無かった。
しかし、一つだけ、
スーパーからの帰り、
追い越したピザ配達のバイクの音が、
遠ざかる救急車よりも辺りを一瞬黙らせた。

強い不安感に駆られ、
急ぎ足で家に帰った。
マニュアル通りの日のはずが、
今までに無いほど恐ろしく、悲しい一日だった。
本棚から本を掻き出し、バサッと落ちたものを踏みつけた。
グニャっと曲がった全ての本の、
一番お気に入りの箇所に、
赤いマーカーペンで線を引いた。
本のホコリとにおいが充満した部屋に
境界線が引かれた。

十万円のマホガニー材を使ったギターを、
電子ピアノの鍵盤に叩きつけた。
バランッと音を鳴らし、弦が切れた。
その、弦一本一本にまた、赤いマーカーペンで色をつけた。
鍵盤の黒い部分を、赤いマーカーペンで塗りつぶした。

自分の顔にも、
赤いマーカーペンで線を引いた。
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