明日花咲くカタリーネ
14、答えとこれから
ただでさえ辛いことを思い出して大変な精神状態だろうし、非常に聞きにくい内容だ。この際だから聞いてしまおうと思ったけれど、聞き方が難しい。
ストレートに「女性使用人に手を出すから居つかないって聞いたんだけど」だなんて尋ねることはできない。うんと悩んで、何とかマイルドに聞けないものかと考えて、わたしは聞いた。
「マティウスさまは、どうしてわたしが雇われたのかご存知ですか?」
「……? 私の休暇中の話し相手ではないのか?」
マティウスはやはり何も聞かされていなかったらしい。話し相手をするだけで約束のお金をもらえそうになっているから、あながち外れてもいないけれど。
「その……マティウスさまに付く女性使用人がなかなか居つかないからということで、セバスティアンさんが直々にわたしに声をかけたんですよ」
“居つかない”という言葉に、マティウスの体がピクッと反応した。ということは、無自覚ではないということだろう。これは、わたしが特例だったというだけで、女性たちが辞めたり辞めさせられたりしたのには納得のいく理由があるのかもしれない。
「どうして居つかないのか、聞いてもいいですか?」
思いきって、わたしはそう尋ねてみた。決めつけるのではなくあくまで尋ねるのなら、マティウスなりの考えや言い分を聞けるかもしれない。
しばらく悩んでから、渋々といった様子でマティウスは重い口を開いた。
「こちらに来たばかりの頃は良かったんだ。ばあやがついていて、すごく良くしてくれたんだ。でも……そのばあやが故郷に帰るために暇乞いをしてから、おかしな女しか来ないんだ」
「おかしな女?」
「……勝手に布団に入り込んで来たり、体を触って来たり……みんなだぞ? 怖いだろ?」
「……」
マティウスは真顔で、あくまで真剣な様子で言った。そのせいで、わたしは何と言っていいかわからなかった。
マティウスはおそらく、新しく来る女性使用人たちにことごとく「一緒に寝て欲しい」と言ったのだろう。この、無駄に良い容姿で。この、ちょっと切なげな、それでいて無邪気な様子で。
女性たちは自分が仕える主が、まさか精神的に未熟だとは思わないから、その言葉をもっともらしく解釈したのだろう。まぁ、そのまんまの意味で「添い寝して欲しい」とは受け取れないのは無理はない。わたしもそうだったのだから。
中には、エッフェンベルグ家のご子息という下心があって積極的に関係を持ちたかった使用人もいたかもしれない。
でも、どちらにしてもマティウスにとっては災難な出来事だったのだろう。
「なぜ、みんなそんなことをしたのだと思う?」
納得した様子のわたしを見て、マティウスは子犬のように小首を傾げて尋ねる。
……体は立派だけれど、中身は子供なのだと思うと、どう説明したものかと悩んでしまう。でも、わたしの休暇が終われば他の使用人がまた来る可能性を考えて、本人に自覚は持たせておくべきかもしれない。
だから、わたしは言葉を選んで、慎重に説明した。マティウスが口にした言葉が相手にどのように捉えられ、そのせいで問題が起きたということを。
本当に微塵も自覚がなかったらしく、聞きながらマティウスは顔を赤くし、慌て、最終的には枕をかぶって隠れてしまった。
「年齢的に、嗜みとしてそういった経験を持つことも必要なのかもしれないが……そんな意図はなかったんだ」
「でしょうね。まぁでも、わたしも初日は貞操の危機かと思いましたけど」
「そんな……! ……すまない」
マティウスは乙女のように枕で半分顔を隠し、恥ずかしそうにしている。こんなことをする男だとわかれば働き続けられた人もいるのかもしれないけれど、みんな間違ってくれたからわたしにチャンスが巡って来たのだから、良かったと思うしかない。
「マティウスさまのことを、旦那様も奥様も、セバスティアンさんも気にしていましたから、ご報告させていただきますね」
「あ、あの……さっきの話は」
「マティウスさまの沽券に関わる話ですから、そこはうまくぼかしておきます」
「……頼む」
マティウスはまるで悪事を秘密にしておきたい子供のような目でわたしを見ていた。
とんでもないケダモノのところに働きに来たと思っていたのに、真実がわかればなんてことはない。
わたしが相手にしているのは、傷ついて子供のままの部分がある一人の繊細な青年だ。男性使用人をそばにつけられないのも、女性使用人が居つかない問題も、もう解決したとみていいだろう。
「とりあえず、今夜はもうおやすみください」
「子守唄か本は?」
「そんなものなくても眠れるくらい、お疲れでしょ? おやすみなさい」
「……おやすみ」
できたら五歳くらいの子供にされたいようなおねだりをマティウスがしてくるけれど、それをなだめてわたしは部屋を出た。十七歳児の相手をしているのだと思えばやれるけれど、これはなかなかにしんどい。
ほんの一瞬、勘違いしそうになるのだ。
だから、辞めさせられたのではなく自ら辞めていった女性の中には、マティウスに女性としての自分を拒絶されたように感じたことが原因の人もいたのだと思う。
「……罪な人だね」
わたしは廊下を歩きながら、謎が解けてさっぱりした気持ちと、プライドが傷ついた女性たちを気の毒に思う気持ちを胸に感じていた。
「そんな……あの子が殴られていたなんて……知らなかった。だから、私に対してあのような態度を取るのだな」
「怯えるあの子に、どうしたのかと尋ねてやればよかったわ……ずっと、ひとりで怖かったのよね」
日を改めて、サロンにエッフェンベルグ夫妻とセバスティアンを集めてわたしが知り得たことを報告すると、皆一様にうなだれた。
知らなかったのだから仕方ない。とはいえ、お母さんを亡くした十歳のときからずっと、抱える問題を誰にも気づいてもらえていなかったのはあまりにも可哀想で、そのことを夫人たちは気に病んでいるのだろう。
皆、マティウスの問題は実母を亡くした悲しみからくるものだと思っていて、そのせいで触れられずにいたためにこんなに長期化してしまったらしい。その上、マティウスの実父が巧妙に自分のしでかしたことを隠していたため、今になるまで誰も知ることができなかったのだ。
マティウスが養子に来たのは、エッフェンベルグ氏たちが申し出たことがきっかけだったらしい。母を亡くして傷ついている甥に愛情をかけてやりたいという、純粋な善意だったため、ちょうどそのときマティウスの命が実の親によって脅かされていたなどと知る由もなかったのだ。マティウスの実父も「妻を亡くした悲しみが深すぎて、息子を満足に構ってやれていない」とこぼしていたのだという。
「女性使用人とは、なかなか合う者がいなかったということなんですね」
「そうみたいです。その……ばあやのことがよほどお好きだったみたいで」
わたしがそれ以上話さないのを見て、セバスティアンは何となく察してくれたようだった。一体どういうふうに解釈したかはわからないけれど、追求されないだけよしとしよう。
「同じ学校の子を殴ってしまったのは……雷でも鳴っていたのかしら?」
夫人の呟きに、わたしはハタと思い出す。
マティウスの抱える問題の中で、ひとつまだ解決していないことがあった。本人に聞けば良かったのだけれど、わたしにとってはあまりに些末なことで忘れていたのだ。
「まぁ、誰かを殴りたいこともあるでしょう。ですから、今後はムカつく相手がいたら戦闘訓練の中で晴らすよう進言しておきます」
「え?」
「……学院には学院の流儀がございまして、訓練の中で拳を交えることに関してはお咎めなしなんですよ」
うっかり素が出そうになってしまい、慌てて取り繕う。三人は一瞬ギョッとした顔をしたけれど、わたしの言葉に「そんなものなのか」と納得したようだった。
「今後も、坊っちゃまのことをよろしくお願いします」
「カティがいてくれたら、大丈夫ね」
「よろしく頼むよ」
「え……はい」
問題の本質が見えたことで、もしかしたら解雇ということもありえるかもなと思っていたのに、セバスティアンに深々と頭を下げられて、わたしは面食らってしまった。氏も夫人も、わたしがお役御免などとは思っていないらしい。
(わたし、ラッキーだな)
自分の幸運をありがたく思いつつ、お金のためだけではなく、この人たちに報いるためにも仕事を頑張ろうと、わたしは思ったのだった。
ストレートに「女性使用人に手を出すから居つかないって聞いたんだけど」だなんて尋ねることはできない。うんと悩んで、何とかマイルドに聞けないものかと考えて、わたしは聞いた。
「マティウスさまは、どうしてわたしが雇われたのかご存知ですか?」
「……? 私の休暇中の話し相手ではないのか?」
マティウスはやはり何も聞かされていなかったらしい。話し相手をするだけで約束のお金をもらえそうになっているから、あながち外れてもいないけれど。
「その……マティウスさまに付く女性使用人がなかなか居つかないからということで、セバスティアンさんが直々にわたしに声をかけたんですよ」
“居つかない”という言葉に、マティウスの体がピクッと反応した。ということは、無自覚ではないということだろう。これは、わたしが特例だったというだけで、女性たちが辞めたり辞めさせられたりしたのには納得のいく理由があるのかもしれない。
「どうして居つかないのか、聞いてもいいですか?」
思いきって、わたしはそう尋ねてみた。決めつけるのではなくあくまで尋ねるのなら、マティウスなりの考えや言い分を聞けるかもしれない。
しばらく悩んでから、渋々といった様子でマティウスは重い口を開いた。
「こちらに来たばかりの頃は良かったんだ。ばあやがついていて、すごく良くしてくれたんだ。でも……そのばあやが故郷に帰るために暇乞いをしてから、おかしな女しか来ないんだ」
「おかしな女?」
「……勝手に布団に入り込んで来たり、体を触って来たり……みんなだぞ? 怖いだろ?」
「……」
マティウスは真顔で、あくまで真剣な様子で言った。そのせいで、わたしは何と言っていいかわからなかった。
マティウスはおそらく、新しく来る女性使用人たちにことごとく「一緒に寝て欲しい」と言ったのだろう。この、無駄に良い容姿で。この、ちょっと切なげな、それでいて無邪気な様子で。
女性たちは自分が仕える主が、まさか精神的に未熟だとは思わないから、その言葉をもっともらしく解釈したのだろう。まぁ、そのまんまの意味で「添い寝して欲しい」とは受け取れないのは無理はない。わたしもそうだったのだから。
中には、エッフェンベルグ家のご子息という下心があって積極的に関係を持ちたかった使用人もいたかもしれない。
でも、どちらにしてもマティウスにとっては災難な出来事だったのだろう。
「なぜ、みんなそんなことをしたのだと思う?」
納得した様子のわたしを見て、マティウスは子犬のように小首を傾げて尋ねる。
……体は立派だけれど、中身は子供なのだと思うと、どう説明したものかと悩んでしまう。でも、わたしの休暇が終われば他の使用人がまた来る可能性を考えて、本人に自覚は持たせておくべきかもしれない。
だから、わたしは言葉を選んで、慎重に説明した。マティウスが口にした言葉が相手にどのように捉えられ、そのせいで問題が起きたということを。
本当に微塵も自覚がなかったらしく、聞きながらマティウスは顔を赤くし、慌て、最終的には枕をかぶって隠れてしまった。
「年齢的に、嗜みとしてそういった経験を持つことも必要なのかもしれないが……そんな意図はなかったんだ」
「でしょうね。まぁでも、わたしも初日は貞操の危機かと思いましたけど」
「そんな……! ……すまない」
マティウスは乙女のように枕で半分顔を隠し、恥ずかしそうにしている。こんなことをする男だとわかれば働き続けられた人もいるのかもしれないけれど、みんな間違ってくれたからわたしにチャンスが巡って来たのだから、良かったと思うしかない。
「マティウスさまのことを、旦那様も奥様も、セバスティアンさんも気にしていましたから、ご報告させていただきますね」
「あ、あの……さっきの話は」
「マティウスさまの沽券に関わる話ですから、そこはうまくぼかしておきます」
「……頼む」
マティウスはまるで悪事を秘密にしておきたい子供のような目でわたしを見ていた。
とんでもないケダモノのところに働きに来たと思っていたのに、真実がわかればなんてことはない。
わたしが相手にしているのは、傷ついて子供のままの部分がある一人の繊細な青年だ。男性使用人をそばにつけられないのも、女性使用人が居つかない問題も、もう解決したとみていいだろう。
「とりあえず、今夜はもうおやすみください」
「子守唄か本は?」
「そんなものなくても眠れるくらい、お疲れでしょ? おやすみなさい」
「……おやすみ」
できたら五歳くらいの子供にされたいようなおねだりをマティウスがしてくるけれど、それをなだめてわたしは部屋を出た。十七歳児の相手をしているのだと思えばやれるけれど、これはなかなかにしんどい。
ほんの一瞬、勘違いしそうになるのだ。
だから、辞めさせられたのではなく自ら辞めていった女性の中には、マティウスに女性としての自分を拒絶されたように感じたことが原因の人もいたのだと思う。
「……罪な人だね」
わたしは廊下を歩きながら、謎が解けてさっぱりした気持ちと、プライドが傷ついた女性たちを気の毒に思う気持ちを胸に感じていた。
「そんな……あの子が殴られていたなんて……知らなかった。だから、私に対してあのような態度を取るのだな」
「怯えるあの子に、どうしたのかと尋ねてやればよかったわ……ずっと、ひとりで怖かったのよね」
日を改めて、サロンにエッフェンベルグ夫妻とセバスティアンを集めてわたしが知り得たことを報告すると、皆一様にうなだれた。
知らなかったのだから仕方ない。とはいえ、お母さんを亡くした十歳のときからずっと、抱える問題を誰にも気づいてもらえていなかったのはあまりにも可哀想で、そのことを夫人たちは気に病んでいるのだろう。
皆、マティウスの問題は実母を亡くした悲しみからくるものだと思っていて、そのせいで触れられずにいたためにこんなに長期化してしまったらしい。その上、マティウスの実父が巧妙に自分のしでかしたことを隠していたため、今になるまで誰も知ることができなかったのだ。
マティウスが養子に来たのは、エッフェンベルグ氏たちが申し出たことがきっかけだったらしい。母を亡くして傷ついている甥に愛情をかけてやりたいという、純粋な善意だったため、ちょうどそのときマティウスの命が実の親によって脅かされていたなどと知る由もなかったのだ。マティウスの実父も「妻を亡くした悲しみが深すぎて、息子を満足に構ってやれていない」とこぼしていたのだという。
「女性使用人とは、なかなか合う者がいなかったということなんですね」
「そうみたいです。その……ばあやのことがよほどお好きだったみたいで」
わたしがそれ以上話さないのを見て、セバスティアンは何となく察してくれたようだった。一体どういうふうに解釈したかはわからないけれど、追求されないだけよしとしよう。
「同じ学校の子を殴ってしまったのは……雷でも鳴っていたのかしら?」
夫人の呟きに、わたしはハタと思い出す。
マティウスの抱える問題の中で、ひとつまだ解決していないことがあった。本人に聞けば良かったのだけれど、わたしにとってはあまりに些末なことで忘れていたのだ。
「まぁ、誰かを殴りたいこともあるでしょう。ですから、今後はムカつく相手がいたら戦闘訓練の中で晴らすよう進言しておきます」
「え?」
「……学院には学院の流儀がございまして、訓練の中で拳を交えることに関してはお咎めなしなんですよ」
うっかり素が出そうになってしまい、慌てて取り繕う。三人は一瞬ギョッとした顔をしたけれど、わたしの言葉に「そんなものなのか」と納得したようだった。
「今後も、坊っちゃまのことをよろしくお願いします」
「カティがいてくれたら、大丈夫ね」
「よろしく頼むよ」
「え……はい」
問題の本質が見えたことで、もしかしたら解雇ということもありえるかもなと思っていたのに、セバスティアンに深々と頭を下げられて、わたしは面食らってしまった。氏も夫人も、わたしがお役御免などとは思っていないらしい。
(わたし、ラッキーだな)
自分の幸運をありがたく思いつつ、お金のためだけではなく、この人たちに報いるためにも仕事を頑張ろうと、わたしは思ったのだった。