医務室の魔女と魔術学院狂騒ディズ
第十五話 傷跡を暴く
「先生ぇ……そんなぁ……俺、まだ眠れないんだぁ……やらなきゃいけないことがぁ……」
「勉強? 寝ずにやったって、効率悪いと思うよ」
「ちがう……頭良いやつの答案を見るための魔術道具の発明を……みんなの運命は、俺の手にかかってるんだ」
「――寝なさい」
あまりにも発言の内容がアホすぎて、フィオーネは呆れてグリシャの首根っこをつかんだ。そしてそのままベッドに引きずって行って、放り投げて毛布をかける。
「そんなもの作る暇があるなら、ちゃんと勉強してちゃんと寝なさい」
「……あい」
フィオーネが溜息まじりに言えば、ゾンビグリシャはしゅんとした。でも、ゴソゴソとして何かを差し出してきた。
「先生、何か元気ないからあげる」
「何これ? 虫眼鏡?」
震える手でグリシャが差し出してきたのは、丸いフレームにおさまった分厚いレンズだった。
「それね、人の心が覗けるルーペ。先生、何か心配事がありそう……グー」
「おい」
中途半端に説明をして、グリシャは寝落ちしてしまった。目の下に濃いクマはあるものの、その寝顔は安らかで、起こす気になれない。
「あ……効率よく疲労が回復する薬、あげればよかった」
気づいたけれど、時すでに遅し。
早朝に起こされたのに、結局寝不足のおバカさんをベッドに寝かせただけだ。これなら、薬を飲ませて寮の自室に帰らせたほうが間違いなく楽だっただろう。
そんなことを考えても、もうどうしようもない。仕方がないからベルギウスが来たらついでに引き取ってもらおうと考えて、フィオーネは奥の部屋に戻って朝食の支度を始めた。
「……これ、もらっちゃったけど、そんなに元気ない顔してたかなぁ」
サンドイッチをかじりながら、もらったルーペを手の中で転がす。人の心が覗けるだなんて言っていたけれど、何の変哲もないルーペにしか見えない。
フィオーネが今元気がないのは、確実にダリウスのことが原因だ。ダリウスのことが心配で、彼の抱える事情が気になって、でもそれを背負いきれるのか自信はなくて、昨夜はよく眠れなかった。
今のダリウスの状況を好転させるには、彼の身に起きたことを知れなければならないのはわかる。でも、それを彼自身の口から語らせるのがいいことなのかどうかは、正直わからなかった。
そんなところに偶然手に入った“人の心が覗けるルーペ”。おそらくグリシャはこれをカンニングに使おうと思っていたのだろうけれど、今のフィオーネにはできすぎなくらいちょうどいい道具だ。
今これを手にしたのは、まさに天か何かの導きということなのだろうか。
この学院の中で感じている違和感や、エミールの言っていたこと、そしてダリウスの事情。
気になるのに踏み込めずにいることは。いくつもある。
ダリウスのことを知ることは、もしかするとほかのことにも深く関わることになる予感がする。
「面倒くさい……っていうより、怖いよ」
エミールやアンヌは過剰な期待をかけてくれているような気がして、フィオーネはそんな弱音を吐いた。いい子だと思われるのが嬉しくないわけではないけれど、それも度が過ぎれば負担になる。
これまでそんなふうに誰かに期待されることも、それに応えなくてはとプレッシャーを感じることもなかった。だからこそ、フィオーネは途端に弱気になる。
そんなフィオーネにもの言いたげに、足元のカイザァが脚にじゃれついた。タシタシと前足でフィオーネの脛を叩き、まるで励ましているみたいだ。
「……ダリウスに話、聞いてみろってこと? そうだね。放っておけないもんね……」
手の中のルーペを見つめながら、自分に言い聞かせるようにフィオーネは呟いた。
放課後になり、オレンジ色に染まり始めた庭をフィオーネは歩いていた。
今日は、カイザァは腕に抱いている。一緒にダリウスに会いに行こうねと約束していたから、どうやらそれを覚えていて医務室から脱走せずにいてくれたらしい。
最初は、ダリウスのほうから医務室に来てもらおうかと考えていた。ベルギウスかアンヌに伝書蜂を借りれば、呼び出しのメッセージを送ることはできるから。でも、それではまるっきり“教師からの呼び出し”だ。何かがちがうと思い直し、やめた。
フィオーネはあくまでダリウスから話を聞きたいのであって、彼に話をさせたいのではない。だからフィオーネは自分から会いに行こうと、昨日と同じ場所に向かっていた。
「ニャア」
「あっ、カイザァ……」
昨日の木陰にたどり着くより早く、腕からカイザァが逃げ出した。カイザァが一目散に駆けていく先には、ダリウスが座って両腕を広げて待っていた。
「よかった……今日もカイザァがフィオを連れてきてくれた」
飛び込んできたカイザァを腕に抱き、嬉しそうにダリウスは言った。それを聞いて、フィオーネは言葉に詰まる。
きっともっと、悲壮感あふれる姿をしていると思っていたから。もしかしたら、都合よく中庭にはいてくれないかもしれないと思っていたから。
でも、ダリウスは中庭にいた。疲れた顔をしているけれど、昨日より壁のない様子で、フィオーネを待っていたみたいだ。
「俺、フィオに話聞いてもらわなきゃと思って。昨日、すごく心配かけたのに何も話さなくて、嫌なやつだなって自分のこと思って、一晩考えたんだ。……本当は何も聞きたくないし、何も見たくないし、誰にも触れられたくないけど。閉じてたら、すごく楽だと思ってたんだけど……」
下した前髪の向こうから、ダリウスはまっすぐにフィオーネを見つめていた。
その視線を受けて、フィオーネは握っていたルーペをサッと後ろ手に隠した。一晩悩んでダリウスはこうしてフィオーネと向き合う覚悟を決めてきたというのに、フィオーネときたらまだ道具に頼ることを選択肢に入れていたのだから。
でも、それではだめなのだと、今になって気がついた。
「私もね、ダリウスと話そうと思って、それで来たの。……昨日と同じで、中庭にいてくれてよかった」
ルーペをローブのポケットにこっそりしまいながら、フィオーネは一歩、ダリウスに近づいた。
「……誰かから、何か聞いた?」
「聞いてない! 誰も、何も教えてくれなかったの……」
ダリウスの前髪の奥の双眸が悲しげに細められたのを見て、フィオーネはあわてて首を振った。
「そっか。それならよかった。座りなよ」
「うん」
そばに駆け寄ったフィオーネは、勧められるままダリウスの横に腰を下ろした。いつもはそんなことはなかったのに、握り拳ひとつ分くらいの距離にいるのが、今日は妙に緊張する。
「フィオの耳に、誰かが俺のことを入れないでくれててよかった。俺の口から直接聞いて、それで気持ちを寄せてくれるのはいいんだけど、誰かが勝手に話したことを聞いて、それで可哀想がられたりするのは嫌なんだよ……」
「……そうだよね」
苦々しく言うダリウスの言葉に、フィオーネは深々とうなずいた。
勝手に事情を把握され勝手に同情されたことは、フィオーネにも経験がある。親がいないというのは、どうにも人の関心を引くものらしい。
過剰に褒められたり過剰に可哀想がられたりという経験があるフィオーネは、ダリウスの言いたいことがよくわかった。同情は思いやりや優しさとは別物だということも、よく知っている。
「何も聞いてないって、本当に何も?」
「えっと……一年前の前期試験の時期にすごく大変なことがあって、それで休学することになったっていうのは聞いた」
「そっか」
隠すのはどうかと思い、フィオーネは正直に答えた。でも、ダリウスはそれを涼しい顔で聞いた。どうやら事実確認をしたかっただけらしい。
「そっか……ベルギウス先生かアンヌ先生のどちらかが要所だけでも話すんじゃないかと思ってたんだけど、本当に何も聞かされてないんだね。有難いけど、どこから話せばいいか、悩むね……」
苦笑を浮かべながら話しているけれど、ダリウスの手は震えていた。怖いのだとわかって、フィオーネはその手を握った。
「どこからでも、大丈夫だよ。どこまででも。ダリウスが話していことだけ話したらいいし、話したくないことは話さなくていいよ。話してダリウスが苦しくなるくらいなら、話さなくていいし」
楽にしてやりたくてこうして会いに来たのだから、苦しませるのは本意ではない。その思いが伝わったのか、ダリウスはフッと力が抜けたように笑った。
「じゃあ、聞いてもらおうかな。一年前に起きたこと、あるいは俺の六年間の学院生活のことを」
そう言って、ダリウスはゆっくりと語り始めた。
ダリウスは、東部地方のはずれにある小さな村の出身だ。
遠目や先見(さきみ)と呼ばれる能力を持つノイバート家はその村の中心だったけれど、能力の発現のなかったダリウスは魔術の道に進まされることになる。
そして猛勉強の末、ウーストリベ魔術学院に入学したのは今から七年前、ダリウスが十二歳のときのことだ。
そのとき、ダリウスにとって不幸なことが二つ起きる。
ひとつは、美貌の開花だ。学院に入学するのと爆発的な成長期が重なり、彼は誰もが振り向く美少年として新しい生活をスタートさせたのだ。村にいた頃は能力のない彼のことを誰も顧みなかったのに、学院では女子たちがダリウスを放っておかなかった。
彼にとっての二つ目の不幸は、突然の能力の発現だった。村で一族の者たちにどれだけ試されても何の成果も出せなかったのに、環境が変わったことがきっかけだったのか、唐突に“見える”ようになったのだ。
遠目や先見と呼ばれる能力を持つ者は、その力を制御する術を学ばないと様々なものを無秩序に見てしまう。目の前にいる者が今しがたしたことや、強く思っていること、心の奥底に隠していることなど。特にダリウスの力は人の心を読む能力に近かったため、制御もできずに彼は苦しんだ。
自分に寄って来る女子たちがどんなことを企んでいるのか、考えているのか、自分を巡ってどんな感情が渦巻いているのか、ダリウスにはすべてわかってしまった。
でも、そんなふうに苦しんでも傍目には女子に囲まれているだけにしか見えないから、男子たちには当然妬まれた。おまけにダリウスは元々引っ込み思案だから、自分に対して悪感情を抱いているとわかっている相手に対して、誤解を解くためにでも近づくことはできなかった。
そうしてしばらく、ダリウスは孤独に学院生活を送っていた。
でも、あるときそんな彼に声をかけてくる人物が現れる。
「ノイバート、お前って頭いいんだろ? ノート見せてくれよ」
試験期間中に、図書館である男子が話しかけてきた。同じ学年の、ハンスという生徒だ。
「……別に、いいけど」
入学して三ヶ月、ほぼ初めて同級生の男子に話しかけられ、戸惑いながらもダリウスは嬉しかった。その嬉しさを押し隠して答えたから、そんな素気のない返事になってしまったけれど。
「ありがとう」
ハンスはその素気なさを気にした様子もなく、ダリウスの隣に腰かけた。
それがきっかけで、ダリウスとハンスは友達になった。
試験期間が終わり、一ヶ月半ほどの休暇に入っても、実家に帰省せずに寮に残る生徒もいる。ダリウスもハンスもそうで、その休暇中に二人は友情を深めていった。
「見たくないならさ、ビー玉とかを覗いたときにしか見ないって、自分の中でルールを決めたらどうだ?」
あるとき、ハンスがそう言った。前髪を長く伸ばして目元を隠している理由を尋ねられ、ダリウスが能力のことを話したときのことだ。
「占い師が水晶玉とかを媒介にするのって、ああしないと見えないからって人もいるらしいけど、見えすぎるものを制御してる人もいるって聞いたことある。ダリウスもさ、ビー玉で代用して普段は“見ない”でおく訓練をしたらいいんじゃないのかな。制御できるようになったらさ、前髪切りなよ。きれいな顔を隠してるの、もったいないだろ」
ハンスはダリウスにそう提案した。きっと、ハンスはただの思いつきで言ったのだろう。
でも、ダリウスにとっては救いの言葉だった。
自分を苦しめていた能力をどうにかできるかもしれないということと、それを気にかけてくれた人がいたということ。それが、ダリウスにとっては救いだったのだ。
休暇中にたくさん特訓をして、ダリウスは力の制御を身に着けた。それにより、前髪も短くすることができた。
顔を隠さず、人の見たくないものを見なくて済むようになり、ダリウスは明るい気持ちで新学期を迎えられた。
ハンスを窓口にして、少しずつほかの男子と話す機会も増えていった。
「お前を巡って争いが起きるならさ、全員と順番にデートしたらいいんじゃないか」
女子たちの抗争も、ハンスのそんな一言によって解決した。
成績優秀、容姿端麗、控えめな性格で誰にでも平等――ハンスのプロデュースでダリウスはそんなふうに認識され、周囲に受け止められていき、やがて人気者になっていった。
当然、嫌う人も相変わらずいたけれど、それでも表立って悪口を言えないほどには、ダリウスは学院の中で支持を獲得していく。
それは時を経るごとに強まっていき、最高学年である六年になる頃には、ダリウスは学院の希望のような存在になっていた。
そうは言っても、好かれるのも受け入れられるのもハンスあってのことだとダリウスは自覚していた。
人に囲まれても、好意を寄せられても、期待の眼差しを向けられても、不安がぬぐい切れない。
言葉として耳に届かなくても、悪感情を抱いている人間がいることは自覚できる。
結局、力の制御ができるようになっても、ダリウスにとって信用できるのはハンスだけだったのだ。
「……ねぇ、そのハンスって人が、どうかしたの?」
長い語りは、唐突に途切れた。それでフィオーネはわけがわからず眉をひそめる。
ここまで聞く限りでは、ダリウスがそのハンスという友人を得たことで不器用ながらも学院生活を送ったという話だ。これだけなら、ただのいい話だ。
でも、肝心のダリウスが休学するほど心に傷を負った話には到達していない。
だから、ここで話を切ったということは、もしかするとハンスに何かあったのではないかとフィオーネは考えた。
「あの……そのハンスって人を失ってショックを受けたって話なら、無理してしなくていいわ。そんなに大事な友達なら、失えば傷つくのは当然よ」
唇を舐め、何度も溜息をつき、何とか再び口を開こうとするダリウスをフィオーネは制した。でも、ダリウスは必死に首を横に振る。まるで、話さなければ前に進めないとでもいうように。
「ハンスを失って、それですごく傷ついたっていうのは間違いない。でも、それは別に死んでしまったとかじゃないんだ……」
絞り出すように、ダリウスは言った。その言葉の意味がわからず、フィオーネは首をかしげる。
続きを話すのは、核心に触れるのは、ダリウスにとってひどく勇気のいることなのだろう。怯えているのがわかって、フィオーネは彼の手を握る自分の手に力を込めた。
「ハンスを失ったっていうのは、彼が死んだって意味じゃなくて……あいつが俺の友達でも何でもなかったってこと」
「え?」
「あるとき、聞いちゃったんだよ。ハンスがほかの男子に俺の悪口を言ってるのを。『本当はあんなやつ好きじゃないけど、あいつと一緒にいると先生に可愛がられるし、女の子にも欲しいものにも困らないから』って……」
言ってしまうと吹っ切れたのか、自嘲じみた笑みを浮かべてダリウスは事の顛末まで語った。
ハンスに悪口を問い詰めると彼はあっさり認めた。
ダリウスが嫌いだったこと。ダリウスと親しくしているのをいいことに先生に目をかけてもらっていたこと。女の子たちを管理して、『ダリウスと特別になりたいのなら……』と一部の子たちをそそのかして様々な見返りを要求していたこと。ダリウスの一番身近にいるという信憑性を利用して、あることないこと噂を流していたこと。
すべてを、笑いながらハンスは告白した。
そして真実を知られてしまったのならと、彼は自分がしていた悪事をすべてダリウスがしたこととして暴露したのだ。
「その後は、学院中が大騒ぎになったよ。希望は絶望に、好意は悪意に、すべて塗り替わった。俺がどれだけ弁明しても、その言葉はすべて捻じ曲げて受け取られ、庇ってくれようとする人たちの声も罵声にかき消された。ほら、女優やスターのスキャンダル発覚のときみたいな、悪意の大爆発みたいなのが起きたんだよ。自分がそんな人気者だったなんて言うつもりはないけど……でも、学院の中で俺はそういう“役割”だったんだ」
新聞や雑誌がこぞって書き立てる有名人の醜聞を頭に思い浮かべて、フィオーネは何も言えなくなっていた。誰かが不祥事を起こせば、元々その人のことが嫌いだった人間は歓喜してその情報を拡散し、支持者は批判者に変わり、支持を続ける者は当事者と共に絶望に飲み込まれる……そんな人々の様子を。
「ハンスは、どうしてそんなことをしたのかな……」
フィオーネは、やっとのことでそう口にすることができた。解せない――今の気分はその一言に尽きる。どうしてそこまで誰かに悪意を抱くことができたのか、わざわざ時間をかけて陥れるようなことをしたのか、フィオーネには理解できなかった。
「人々が絶望するところが見たかったらしいよ」
「そんな……」
「本当は卒業間近でネタばらしするつもりだったらしい。……気の長い話だよね」
ハンスという男の興味の不気味さに、フィオーネはゾッとした。そして、そんな不気味な人間に学院生活を操作され、心を傷つけられたダリウスを思って胸が苦しくなった。
「フィオ、そんな顔しなくていいよ。俺だって、まるっきり被害者じゃないんだから。ハンスが言ったんだ。『僕と仲良くすること、僕としか仲良くしないことを選んだのは君自身だよ。僕のことを信用したのもね。僕としか仲良くしないでなんて言ってないし、信用してとも言ってない。全部、勝手に君が選んだことだ』って」
ダリウスは、もう平気だと言いたかったのだろう。だから、もうフィオーネも気にしないでくれと。でも、それを聞いてフィオーネはますます憤る。
「何それ! ひどい! ムカつく! ダリウス、怒っていいんだよ! 怒らないから、恨まないで自分が悪いって思いこむから苦しくなるんでしょ! ……怒らなきゃ。じゃないとダリウス、壊れちゃうよ」
言いながら、フィオーネは泣いていた。ハンスに腹が立ちすぎて、ダリウスの痛みを想像して。
そんなフィオーネの涙を拭って、ダリウスは泣き笑いみたいな表情を浮かべた。くしゃくしゃのその顔は、様々な感情がないまぜになったものだ。つまり、感情を押し殺して虚ろになっていた昨日よりも、状態はよくなっているということだろう。
「……俺、一年前のこと思い出して落ち込んでたけど、一年前よりずっと幸せだよ。こうやって心から心配してくれる人がいるし、事態が収束して冷静になって周りを見回してみたら、まともに接してくれる人もいるってわかったから」
「エミールとかルルツ君とか?」
「うん。後輩に気遣われるなんて最初は嫌だなって思ってたけど、エミールは本当に俺のことを慕ってくれてるってわかったし、グリシャなんて俺に何があったのかなんてまるで知らないみたいな感じだし……あいつらと関わりを持つようになって、救われたよ」
そう言って、ようやくダリウスは笑った。それを見て、フィオーネはホッとした。
話を聞いてよかったと、ダリウスの口から直接聞くことができてよかったと、今日こうして会いに来たことが間違ってないとわかったから。
「なかなか吹っ切ることも忘れることもできないだろうけど、呪いは断ち切らなきゃ。……ハンスが言ったことは全部呪いだよ。そんなの無視して、しっかりダリウスの思うように生きなきゃ」
それは話を聞いたフィオーネの率直な思いであり、願いだった。
「うん。……まずは試験を乗り越えなきゃね」
フィオーネの手に自分の手を重ねながら、ダリウスは困ったように笑った。それもそうだと思って、フィオーネもつられたように笑った。