嘘恋のち真実愛
「ゆりか、お風呂どうぞ」

「はい。あ、征巳さん、髪から水滴がたれていますよ。よく拭かないと」

「ん? ああ……ゆりかが拭いてよ」

「私が? あー、はい……」


私にタオルを渡した征巳さんは、ソファーで座る私の前に腰を下ろした。

彼の髪を後ろから撫でるように拭くと、シャンプーのシトラス系な香りが漂ってくる。いい匂いだな……ドライヤーで乾かしたほうが速いかな。


「ドライヤーを取ってきますね」

「あ、待って」


洗面所へ取りに行こうとする私の手首を、征巳さんが掴んだ。動きを止めて、彼の方へ振り向く。

呼び止めておいて、何を言わない彼に首を傾げた。


「いや、あれ? 俺、なんで止めた?」

「はい?」


理由もなく、呼び止める人ではない。彼らしくない狼狽に、私はますます首を傾げる。言おうとしていたことを思い出そうとしているのか、彼は瞳を揺らがせた。

待つしかない。

立った私は、元の場所に座るべきかと悩むが、まだ掴まれたままの手首が気になる。手首から彼の熱が伝わる。

入浴を終えたばかりの体はまだ熱くなっているようだ。
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