嘘恋のち真実愛
彼はまだ私をじっと見ていた。手を繋いで帰るとは、練習の一環だろうけど、そこまでする必要はない。

だから、ハッキリと断った。


「いえ。当日、しっかりと繋ぎますから」

「残念だな。じゃあ当日、頼むね」

「ちょっ……な、何を……し、した……」


突然のことに私の声は、震えた。

だって、手を離してくれたから安心したのに……いきなり頬に唇を当てるなんて!


「何って、恋人感を出すためのキスかな……といっても、軽く触れただけで、事故のようなものだよ。それにしても、芦田さんの反応、かわいいね」

「か、かわいくないです」

「今日のことはふたりだけの秘密だし、その真っ赤でかわいい顔も秘密にしておくね。じゃ、お疲れ様」

「あ、お疲れ様でした……」


ヒラヒラと手を振る部長は、先にフロアを出ていく。部長の後ろ姿を見送ってから、彼のデスクを見た。いつの間にか片付けられていて、パソコンも閉じられていた。

行動が早い……。

ひとりポツンと残された私は、熱くなった頬の熱がさめるまで、デスクに顔を伏せるしかなかった。
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