へたれアイドル卒業します アミュ恋1曲目


「雅が来たし、俺行くわ。じゃあな」


 一応笑顔を作って
 珀斗くんに手をあげたけど。
 そんなごまかしができたのも、一瞬だけ。


 下げた手と共に
 すべての顔の筋肉がすとんと落ちた。


 ステージ袖で俺と明梨ちゃんの
 二人だけになって、
 今にも雨が降りそうな湿っぽい空気が
 俺たちの間によどんでいる。


「雅くん……お疲れさま……」


 苦しさに明るさを含ませたような
 明梨ちゃんのオドオドした声。

 明らかに
 俺の顔色を伺っているよね?


 戸惑っているの? 
 俺がピクリとも笑わないから。


 言わなきゃ気づかない? 
 こんなこと、俺、言いたくないよ。

 彼氏の俺よりも
 珀斗くんに向ける笑顔の方が
 キラキラしてるって。


 どうしても明梨ちゃんに笑えなくて。
 俺はうつむいたまま声を出した。


「俺……来ない方がよかった?」


「え?」


「珀斗くんがいてくれれば、
 俺なんて、いなくてもいい?」


「そ……そんな……
 え……と……」


 沈んだ表情で
 必死に言葉を選ぶ明梨ちゃん。


「明梨ちゃんの泣いてる姿が見えたから
 来たのに……」


 俺の言葉に
 嬉しさ交じりの声が返ってきた。


「私のこと……心配してきてくれたの?」


 そうだよ。
 すっごく心配だったんだよ。


 だって明梨ちゃん
 辛いこととか一人で抱え込んじゃう
 でしょ?


 きっと、みんなにばれないところで
 一人きりで泣いてるんだと思って。
 俺がその辛さを
 取り除いてあげたいと思って。


 ファンの子たちをないがしろにしてまで
 明梨ちゃんのところに
 駆けつけたんだよ。


 それなのに……


 俺には見せてくれたことない
 心を許したような無邪気な笑顔を……
 珀斗くんにだけ見せて……
 

 俺、本当に
 明梨ちゃんの彼氏だよね?
 俺のこと、好きって言ってくれたよね?

 あれ、嘘だった?
< 304 / 356 >

この作品をシェア

pagetop