あなたのそばにいさせて
3.
その日、私は、少しやり残した仕事があって、残業になった。
上原さんの来社で、バタバタしてしまったのだ。
赤木と小山田さんも、打ち合わせがあったせいもあって、残業していた。
帰りが一緒になって、ご飯を食べて帰ろうということになった。
会社の近くの居酒屋で、3人で乾杯した。
「打ち合わせ、お疲れ様でした。良かった、うまくいきそうで」
「ほんと、課長が上原さんを紹介してくれて助かったよ」
赤木はビールをグイッと飲む。
小山田さんもビールを飲んで、待ってましたとばかりにしゃべり出した。
「本当に無事に済んで良かったわ。最初はどうなるかと思ったけど」
「なにかあったんですか?」
小山田さんが身を乗り出す。
「それがね、遥ちゃんは知ってるから話しちゃうけど、多分あんまり広めない方がいいと思うから、内緒にしてね」
「はあ……わかりました」
赤木は素知らぬ顔で唐揚げを食べている。
小山田さんは周りを見て、会社の人がいないことを確認して、でも声をちょっと潜めた。
「最初に一通り挨拶が終わってから、上原さんが課長に言ったのよ。軽い感じでね、『例の条件はどうなりましたか』って」
「条件?」
「そう。そうしたら課長がね『それは、この件には関係ありません』て。その上『それが理由でこの話を進められないなら、お断りしていただいて構いません』って」
私は、口を開けてしまった。
「なんのことだか訳わかんなくて、ぽかーんってなっちゃって。どうなるのかと思ってたら、上原さんが笑い出したの」
「笑い出した……?」
「そう。それで『わかったわかった。もう言わないよ』って。その後は、普通に仕事の話」
昨日見た、課長の険しい表情を思い出す。
「なにか、条件があったんですかね?」
「さあ……それについては、本当にもう何も言わなかったからわかんないのよ。雰囲気も普通だったし。むしろ、仕事に関してはお互いに信頼し合ってる感じでさ、いい雰囲気なのよ。デキる男が揃うとカッコいいわ〜」
うっとり顔の小山田さんは、ビールを飲んだ。
「そういえば遥ちゃん、あの時、結局玄関までお見送りしたんでしょ?どうだったの?」
ドキっとした。
「え、どうって……。特になにもありませんでしたよ」
笑ってごまかした。
「え、でもさ、あの小さい紙袋、課長が持って帰ってたじゃない。でもあれ上原さんのだったよね?」
小山田さんはごまかされてくれないらしい。
「ああ、あれは、お土産だったみたいですよ。一度上原さんにお渡ししましたけど、その後上原さんから課長に渡してました」
嘘は、ついてない。けど、話していないことがあるから、ちょっと後ろめたい。
「なんだ、そっかー。なにか起きたのかと思ったのに」
小山田さんはぶつぶつ言いながら、和風サラダを頬張る。
「いやあ、ただふつーにお見送りしましたよ。あっ上原さんは『また一緒に仕事ができて嬉しいよ』って言ってました」
私は、更に笑ってごまかした。
小山田さんをごまかすのに精一杯で、ずっと静かだった赤木が、私をじっと見ていることに気付かなかった。
「そういえば、上原さんて、真中さんと一緒の会社だったらしいわよ」
「えっそうなんですか?」
「うん。上原さんは、真中さんのことを勝手に師匠だと思ってるんだって。真中さんには『師匠はやめて』って言われてるらしいけど」
「上原さんが、真中建築にいたってことですか?」
「ううん、その前。真中さんが独立する前にいた葉山建設の設計部」
葉山建設は大手だから制約も多く、やりたいことをやりたいようにするために独立した、と真中さんから聞いたことがある。
「えっ、じゃあ課長とも一緒だったってことですか」
珍しくずっと黙っていた赤木が、やっと口を開いた。
「真中さんが独立した時に、上原さんはついて行きたかったらしいんだけど、真中さんが自分のことで手一杯だからって言って、連れてってくんなかったんだってさ。で、そのまま葉山建設にいた頃に、課長が営業部に入社してきたんだって」
なるほど、そういうことだったのか。
「よく一緒に仕事してたらしいよ。その後、上原さんも独立して、課長がウチに来て、疎遠になってたって、上原さんが言ってた」
「へえー……そっか、それで、真中さんの代わりに上原さんを呼んだってこと?」
「そう。師匠の代わりにはならないかもしれませんが、って言ってたけどな」
「お見舞い行くって言ってたわね」
「俺たちも、もう少しあちらが落ち着いたら行かないとですね」
良かった。話題は移ったし、なんとかごまかせたかな。
その後は、いつものように飲んで、食べて、おしゃべりして終わった。