あなたのそばにいさせて
小山田さんは反対方向の電車に乗り、私と赤木は一緒の電車に乗った。
私と赤木は最寄駅が同じだ。
駅からは、線路のあっちとこっちになるけど、一緒に帰りが遅くなった時は、いつもなんとなく送ってくれる。
今日も、当然のように、駅から私のマンションへ向かって歩き始めた。
「藤枝」
「なに?」
「課長と、上原さんを見送りした時、なんかあっただろ」
ズバッと聞かれた。赤木は、私に対しては遠慮がない。
「さっき、笑顔がひきつってたぞ」
「……別に、嘘はついてないよ」
「嘘はついてなくても、言ってないことがあるだろ?」
グッと言葉に詰まる。
言ってしまって……良くないよね。
多分、課長はあの時の話を忘れてほしいって思ってる。聞かなかったことにしてほしいと。
困っていると、赤木はフッと笑った。
「無理に聞くつもりじゃないから、言わなくていいよ。ただ、なんかあるんだなって思っておきたいだけだから」
「え、どういうこと?」
赤木は『んー』と、考えながら話し出す。
「課長と上原さんの間になにかある、多分プライベートで、女がらみ、っていう情報はさ、持ってた方が、仕事する時に進めやすいだろ。余計なトラブルを生まなくて済む」
「ああ……そっか」
詳しくは知らなくても、情報としてあればいいってことか。
「うん、あった。なにがあったかは言えないけど、内容もよくわかんないけど、課長と上原さんはなんか話してたよ。多分プライベートで、女がらみ」
「おっけーわかった」
赤木は、私の頭をポンとなでた。
「つらくなったら、ちゃんと言えよ」
「え、なにが?」
「課長のこと」
頭の中を?マークが回った。
その私を見て、赤木が吹き出した。
「なによー!人の顔見て笑うなんて」
「だってさ、お前ほんと自覚ねーの?」
「自覚ってなによ」
「課長のこと、好きだろ?」
「だから、課長は目の保養なの!好きだけど、そういう好きじゃないんだってば」
「はいはい、言ってろ」
もう、何回言っても理解してもらえない。
ムッとして黙っていると、私のマンションに着いた。
「……ありがとうございます」
ムッとしたまま頭を下げると、赤木はまた頭をポンとなでた。
何も言わずに、そのまま帰って行く。
赤木の、こういう距離の取り方はありがたい。
心地いい同期の友人。同じ課で、良かったと思う。
ふと、さっきの赤木の言葉がよみがえる。
『つらくなったら、ちゃんと言えよ』
つらくなることなんてない。
だって、課長には恋してる訳じゃない。
とにかく姿を拝めるだけでいいのだ。
それ以上は望まない。私はファンだから。