あなたのそばにいさせて
次の週明け。
上原さんが来社した。
赤木と小山田さんがA室で対応していたけど、15分ほどしたら課長と篠山さん、そして私も呼ばれた。
中に入ると、上原さんがにっこり微笑んだ。
「お時間いただいて申し訳ありません。レストランのラフデザインがあがったので、見ていただきたくてお呼びしてしまいました。ご担当のお2人には気に入っていただけたようなので、第三者の冷静なご意見を伺えれば、と思いまして」
上原さんは、いい声で流暢に話しながら、大きめの紙を何枚か広げた。
見た瞬間、ふわっと、やわらかいものに包まれた感じがした。
あったかくて、やさしくて、その世界に入りたくなる。
子どもからお年寄りまで、全ての世代が一緒に美味しいものを食べられる。
みんなが笑顔でいられる、安全な場所。
「ここ、行きたい」
思わず呟いた。
篠山さんもため息をついている。
「いいですねえ。家族つれて行きたいなあ」
「篠山さん、顔デレデレ」
赤木につっこまれて「うらやましいだろ」と返している。
小山田さんも混ざって、和気あいあいな雰囲気でデザイン画を見ていた。
あれ?と思って、課長を見る。
課長は、デザイン画の一枚を手に取っていた。
紙の端が、小刻みに揺れている。
視線を上げて、顔を見ると。
課長は、笑っていた。
『鉄壁の微笑み』なんかじゃない、本物の笑顔。
愛おしそうに、大事そうに、その画を見ている。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
私は見惚れた。
周りのことなんて、見えない、聞こえない。
一枚の絵を見ているような感覚。
私にその才能があったら、絵に描きたい。写真におさめたい。
本当の時間にしたら、一瞬だったんだと思う。
私にとって長く感じたその時間は、上原さんの声で現実の流れに戻った。
「久しぶりか?」
課長は、ゆっくりと視線を上原さんに向けた。
「はい……3年ぶりです」
涙は消えていたけど、笑顔はそのままだった。
私だけじゃなく、他の人も課長の顔を見て驚いていた。
「どう思う?」
上原さんが聞くと、課長はまた画に視線を戻した。
「相変わらず……いえ、やっぱり変わりました。進化してる気がします。でも底にあるものは変わりない……」
課長は熱に浮かされたように言って、ハッと我に帰った。
私達の驚く顔を見て、少し恥ずかしそうにした。
なにこれ。なんか可愛い。
課長を可愛いと思ったのなんて、初めてだ。
「コンセプトにも合ってるし、これなら太田フーズも納得すると思います。このまま進めましょう」
課長はいつもの微笑みに戻り、赤木と上原さんとこれからのスケジュールの話をしている。
私は、もう一度デザイン画を見なおす。
課長が、あんなに愛おしそうに見ていたデザイン画。
私も魅かれた画だけど、課長の目にはそれ以上のものがあった。
彼女、だ。
彼女がこれを描いたんだ。
どうしてだかわからないけど、確信していた。
彼女なら、課長は本物の笑顔で笑うんだ。
彼女なら、課長はあんなに愛おしそうな目を向けるんだ。
どんな人なんだろう。
これから、この仕事が進んでいったら、もしかしたら会えるかもしれない。
課長の新しい表情が見られるかもしれない。
ちょっと楽しみかも。