あなたのそばにいさせて


 本当にすぐ側のマンションに、課長は入っていった。
 自動ドアを入り、エントランスを抜けて、エレベーター前にもう一つ入り口がある。
 課長はそこで止まって、私達を振り返った。
「赤木、右のポケットにカードキーがあるから、出してくれるか」
「あっ、はい」
 赤木がカードキーを出して、課長の指示の通りに壁の機械に通す。
 ドアが開いて、エレベーターはすぐにきた。
 私が先に乗って、開ボタンを押す。
 課長と赤木も乗ってくる。
「8階を」
 8と、閉ボタンを押した。
 エレベーターはすぐに8階に着いた。
 私はまた開ボタンを押して、課長と赤木に先に行ってもらい、後からついていく。

 課長は、810というプレートが貼ってあるドアの前で止まった。
 カードキーを持っていたままの赤木がドアを開けて、課長を中に入れる。
 課長は、女性を抱えたまま、真正面のドアの向こうへ消えた。
 私と赤木は、玄関で立ったまま顔を見合わせた。
「どう、したらいいかな」
 私が聞くと、赤木も首を傾げた。
「さあ……」
 と、ドアが開いて、課長が女性の靴を持ってきた。
「上がっていいぞ」
 靴を置いて、私達に言う。
 仏頂面にぶっきらぼうな言い方。
 どうやら歓迎はされていないらしい。
「いや、でも、俺達もう帰ります。病人もいることだし」
 赤木が言うと、課長は仏頂面のまま答えた。
「電車止まったぞ」
「えっ」
 赤木と一緒にスマホを見る。
 課長の言う通り、電車は動いていなかった。
「俺はこのままお前らを放り出してもいいんだが、それは多分彼女が怒ると思うから。電車が動くまで、ここにいろ」
 言い置いて、課長はさっき出てきたドアから中に入っていった。
 ドアは閉めずに、開けたまま。

 私と赤木はもう一度顔を見合わせた。
「……とりあえず上がらせてもらうか」
「……そうだね……全然『ここにいていい』って気がしないけど」
「同感。でも、あのドア」
 赤木が指差す。
「開いてるからな」
 入ってこい、ということなんだろうと思った。
 私達は、お邪魔させてもらうことにした。


< 17 / 46 >

この作品をシェア

pagetop