あなたのそばにいさせて
4.


 そろそろと入っていくと、ドアの向こうは広いリビングとダイニングだった。
 明るい木目を基調にした家具。カーペットやカーテンはグリーン系でまとめられていて、ホッと落ち着ける空間だった。
 ライトグレーのソファに、グリーンのクッション。
 ダイニングも同じく木目のテーブルと椅子。
 対面式のキッチンは白を基調にしていて、綺麗に使われている。
 大きな窓はベランダに続いていて、開放感がある。
 今、外は雨と風で荒れ狂っているんだけど。晴れたら気持ち良さそうだな、と思った。
 
 リビングには奥に引き戸があり、部屋があるようだった。
 課長がそこから出てきた。
 その向こうにさっきの女性がいるんだな、とわかるくらい、課長は優しく戸を閉めた。

 あの人が『彼女』なんだ。

 そう思った。

「座れよ。コーヒーでいいか?」
 課長は、私達にソファを指して言った。
 そしてダイニングの横にある、対面式のキッチンに入る。
 私は、ビニール袋を持ったままだったことに気がついた。
「課長、これを」
 追いかけて、袋を渡す。
「ああ、ありがとう」
 課長は袋を受け取って、中を見た。
「そっか……これか……」
 うめくように呟く。
 悔しそうな、でも嬉しそうな、すごく複雑な表情をした。

 課長は、さっきから『鉄壁の微笑み』なんてどこへやら、いろんな表情を見せてくれている。
 私にとっては凄く嬉しい状況だ。
 いろんなことが起こって余裕がなかったけど、ちょっとテンションが上がってきたかも。
 だって、プライベートは謎だった課長の、プライベート中のプライベートである自宅にお邪魔しているのだ。
 あまり興味津々で迷惑にならないように気をつけないと。

 課長はコーヒーを入れるために、サーバーとドリッパーをセットした。
「コーヒーメーカーとかじゃないんですね」
「こっちの方が好きなんだ」
 ちょっと嬉しそうだ。いつもよりも幼く見える。
 課長は、ホーローのポットを火にかけると、キッチンから出てきた。
 ジャケットを脱いで、ネクタイを外す。

 そういえば、課長は解散した時のままの服装だ。
 着替えたり、しないのかな。ここって課長の家だよね。
 ネクタイをゆるゆるにした赤木が、ソファに座ったままこちらを振り返る。
「あの、ここって課長の家ですよね?」
「ああ」
「不躾ですけど、賃貸ですか?」
「分譲だ。元々は祖母の家だったんだけど、亡くなった後に叔母がもらったんだ。その叔母は、イギリス人と結婚して、今はスウェーデンにいる。多分もう日本には帰って来ないから、安く売ってもらった。……ドラマとかマンガの話みたいだろ、藤枝」
 私が思っていたことを、そのまま言われてしまった。
「図星だな」
 課長はニヤッと笑って言った。
 私は赤くなるしかない。
 その私を見て、笑いをこらえながら赤木が聞く。
「帰っても、着替えたりしないんすか?」
「着替えるよ。今は、一応客がいるから、と思ってたんだけどな」
「あれ、俺達一応客扱いだったんすね」
 赤木がニヤッと笑う。
 課長は短くため息をついた。
「じゃあお言葉に甘えて着替えてくるよ」
 そう言って、玄関の方へ行った。
 玄関からここに来るまでにもドアがあったから、部屋があるんだろう。
「着替えてくるってさ。何着てくんのかな」
 赤木は楽しそうだ。私もちょっと楽しみだった。私服の課長なんて、そうそう拝めないだろうし。
「広いよなーここ。いいなー俺もこういうとこに住みたい」
「そうだね、居心地いいし。今はわかんないけど、眺めも良さそう」
 それからソファに座って台風情報を調べていたら、課長が戻ってきた。

 白いTシャツに濃紺のネルシャツを羽織り、下は黒いスウェット。
 服は普通なんだけど、はっきり言って、カッコいい。眼福だ。



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