あなたのそばにいさせて
今日は、上原さんが来社して、3号店の打ち合わせをすることになっている。
3号店は、山の中腹にある工場の敷地内に建設予定で、コンセプトは『もりのおうち』になった。
太田フーズの社長の孫娘、紗良ちゃんの一言で決まったらしい。
「『もりのおうちにいきたいの』ですか……」
上原さんは目を点にしていた。
ですよねー、と心の中で思う。
紗良ちゃんはただいま4歳。1号店のプレオープンの時に会ったことがあるけど、おしゃまな可愛らしい女の子だ。
「紗良ちゃんによると、1号店は『みどりのおうち』なんだそうです」
赤木も苦笑して付け加える。
紗良ちゃんは1号店を一目見て、「『みどりのおうち』だ!」とはしゃいでいたらしい。
「ちなみに2号店は『きのおうち』だそうで」
「なるほど……」
上原さんはちょっと考えて、頷いて顔を上げた。
「なんとなくわかりました」
「えっ⁈」
私と赤木は、驚いて同時に声を出してしまった。
上原さん、わかったの?なにがわかったの?
「北山に伝えます」
なにを?と思ったら、思わず口から出ていた。
「あ、あの、どういう風にお伝えするか、参考までにお聞きしたいのですが……」
上原さんは優しく笑った。
「今、お聞きした話をそのまま伝えます。北山なら、おそらく私と同じことを感じ取ってくれると思います」
凄い信頼。余程じゃないと、そこまで信じることはできないと思う。
そう思っていたら、赤木がニコッと笑った。
「今回も北山さんにお願いできるんですね」
上原さんも、爽やかな笑顔だ。
「はい。3号店のお話をいただいて、すぐに連絡をしたら、北山も是非やりたいと申しまして」
「こちらとしても、心強いです。どんな『もりのおうち』になるのか楽しみです」
そして、赤木は更に笑顔を重ねた。
「上原さんは、北山さんとは長くお仕事されてるんですか?」
上原さんは笑顔を崩さずに答える。
「そうです。北山は大学の後輩で、彼女が卒業してから、ずっと一緒にやっています。今のように、彼女がデザインで私が設計、という体制になったのはD-UKを立ち上げてからですが」
「北山さんも葉山建設にいたんですか?」
「はい、設計部にいました。私と同じで、真中さんにも教わっていましたよ」
「ああ、それで。似てるところがあるなあって思ってました」
「私も言われます。師匠ですからね」
「D-UKは、北山さんと一緒に立ち上げたんですか?」
「いえ、彼女ではなく……」
上原さんは、言いにくそうに口ごもった。
「北山は北山なんですが、彼女ではない北山という……元木君から聞いていませんか?」
私と赤木は顔を見合わせた。
上原さんは、そんな私達を見て苦笑する。
「北山浩一という、私の大学の同級生と一緒に作った会社です、D-UKは。D-UKのUは上原のU、Kは北山のKなんです」
言いながら、上原さんは資料の裏に『Design-Uehara Kitayama』と書いて、私達に見せた。
「ああ、そうだったんですか。僕はてっきり上原さんのお名前かと思ってました」
上原和之。頭文字はUKだもんね。私もそうなのかなって思ってた。
「よくそう言われるんですけどね。違うんですよ。北山浩一も、葉山建設におりまして。一緒にD-UKを立ち上げて、その時に葉山建設から橙子も連れてきたんです」
『橙子』。呼び捨てだ。
「その後、すぐに北山と橙子は結婚しまして。それで、彼女は北山になったんですよ」
結婚?
私は目が点になっていたと思う。
だって、橙子さんが結婚してるなら、課長は?なんで2人は一緒にいるの?
『課長、橙子さんを上原さんから略奪しちゃったとか』
あの日の赤木の声が、頭の中に響く。
上原さんじゃなくて、北山さんって人から略奪しちゃったってこと?
「ああ、そうだったんですね。北山浩一さんも設計をなさってるんですか?」
赤木は顔色を変えない。いつも冷静だ、この人は。
「北山は……そうです。設計をしてました」
「してました、ってことは、今は違うことをなさってるんですか?」
赤木が聞くと、上原さんは、首を横に振った。
「北山は、亡くなりました。3年前に」
言葉が出なかった。
いろんな事実が、頭の中を駆け巡る。
でも、まだバラバラ。つながってこない。
「それは……大変失礼しました」
やっぱり赤木は冷静に見える。でも多分、思ってもみなかったことを言われて、動揺はしてるはず。
「いえ、大丈夫です。もう3年経ちますね。自分で言って、実感がわいてきました」
上原さんは、静かに、淋しそうに笑った。
「突然だったので……当時はどうしたらいいかわかりませんでしたが、なんとかやっているうちにここまで来れました」
「北山さんは、ご病気だったんですか?」
「いいえ、事故です。工事現場の横を歩いていたら、鉄骨が落ちてきて、はね返った鉄骨に当たってしまったんです」
そんなことってあるんだ、と思った。ドラマかマンガの世界の話だと思っていた。
でも、それは現実なのだ。
「それは……お気の毒に……」
思わず口から出ていた。
橙子さんを思ったら、いたたまれなかった。
大切な人が、突然、本当に突然いなくなる。
どんな悲しみや苦しみが、襲ってくるんだろう。
想像もできない。
考え込んだ私を見て、上原さんが優しく笑った。
「藤枝さん、そんな顔しないでください。でも、ありがとうございます」
「いえ……」
私は、これしか言えなかった。
頭の中は、橙子さんの柔らかい笑顔で一杯で。
「いえ、私が考え込んでしまったので。申し訳ありません」
「僕もついいろいろ聞いてしまって、申し訳ありませんでした。仕事の話に戻りましょう」
赤木も頭を下げてから、また打ち合わせに戻った。
私は橙子さんの笑顔が頭から離れなかったけど、なんとか打ち合わせは終えた。