あなたのそばにいさせて


 緊張していたようで、打ち合わせが終わった瞬間に、ホッと大きなため息が出た。
 それを上原さんに笑われてしまう。
「藤枝さんは、素直な方ですね」
「す、すみません……思わず……」
 私が顔を赤くすると、赤木がすかさず答える。
「表に出し過ぎなんです、藤枝は」
「いいと思いますよ。その方が、周りには伝わりやすいですからね」
 上原さんは、笑顔に淋しさを混ぜた。
「ため込んで……爆発してしまうよりは、その方がいい」
 その目は、どこともなく遠くを見ていて。

 もしかしたら、橙子さんのことだろうか。
 ため込んで、爆発してしまったのは。
 それとも、上原さん自身のことだろうか。
 どちらにしても、北山浩一さんという人の存在は、それほど大きかったのだ。

 ふと思った。
 ため込んで、爆発して。
 橙子さんは。

「声……」

 思わず、口から出てしまった。

 赤木が、また私をヒジでつついた。
「藤枝」
「あ、ごめ……」
 言いかけて、言葉に詰まった。
 上原さんが、目を見開いて私を見ている。
 その目に気圧されて、動けない。
「あ、あの……」
 うまく言葉が出てこない。
 もごもごしていると、上原さんがゆっくりと口を開いた。
「今、声って……言いましたか……?」
 口調は静かだけど、眼光が鋭い。
 怖くなって、すくんでしまう。
「もしかして、元木君からなにか聞いたんですか?」
「いえ、あの……」
 言い淀んでいると、上原さんは更に続ける。
「声、というのは……橙子の声のことですか?」

 ドキッとして上原さんを見ると、目が合った。
 鋭くて、なにもかも見通してしまいそうな目。

「……もしかして、橙子に会ったんですか?」
 テーブル越しに、上原さんが迫ってくる。私はたじろいだ。

 なんで?なんでわかるの?
 わかりやすいとか、感情出し過ぎとか、よく言われるけど。
 橙子さんに会ったことまでわかるなんて。

 混乱状態の私に、上原さんは畳みかける。
「橙子は……橙子はどうしてた?どこで会った。どうしたら会えるんだ。声は」
「上原さん、落ち着いてください」
 赤木が、間に入るように声をかける。
 上原さんはハッとして、乗り出していた身を元に戻した。
「申し訳ありません。大変失礼を……」
 今までと全然違う、表情と声。
 スマートで大人の男性の見本みたいだったのに、今、顔は上気して焦っていて、別人のようだった。
「北山橙子さんには、僕も会いました」
 赤木がかばうように言ってくれた。おかげで上原さんの射るような視線は赤木に向けられる。
「君も?」
「はい。元木課長の家にお邪魔する機会がありまして」
「家に、って……元木は、社内ではプライベートは出していないと言ってたけど」
「道で、具合が悪くなった橙子さんを、偶然助けたんです」
「道で?橙子は外には出られないはずだが」
「その時は、たまたま出たみたいでした。無理して出たから、具合が悪くなったみたいで」
「無理してって、どうして。元木はなにをしてたんだ」
「課長がいない間に黙って出たみたいで、後から血相変えた課長が捜しにきました」
 赤木は飄々と答えていく。
 上原さんは、段々と毒気を抜かれていくように、落ち着いていった。
「橙子は……どうしたんですか、その時は」
「課長は、目まいがしたらしいって言ってました。しばらく休んだら良くなったみたいでしたよ」
「目まい……」
「課長はいつものって言ってたので、珍しいことじゃないみたいでした」
「そう、ですか……。声は……橙子はしゃべってましたか?」
「少しだけ」
「声が出たんですか?」
 上原さんの目の色が変わった。
 凄い反応だ。また射るようにこちらを見ている。
「かすれてたし、短い会話と返事くらいしかしませんでしたけど、声は出てました」
「本当に?本当に話してたんですか?」
 確認するように何度も聞かれて、さすがに赤木も戸惑っている。
 私に視線を向けるので、頷いた。
「私も、お話しました」
 上原さんは、深いため息をついた。
「本当に……声が出てたんですね……」
 そんな、重大なことなんだろうか。
 橙子さんは、声が出しにくいだけじゃないの?
「……そうですか」
「あの、橙子さんの声は……」
 上原さんは、私の言葉を受け取った。
「出なかったんです。正確に言えば、出なかったらしいです」
「らしい、って……どういうことですか?」
「橙子の症状をちゃんと知っているのは、元木君だけなんです」

 私は、頭の中が?でいっぱいだった。多分赤木もそうだったんだと思う。
 意味が、よくわからなかった。

 上原さんは、私達の表情を見て、フッと笑った。
「元木は、本当に何も言ってないんだな……さっきの北山の話も、知らなかったみたいだし。詳しいことは聞いていないんですか?」
 私と赤木は顔を見合わせる。
 赤木が答えた。
「僕達が知っているのは、橙子さんと課長が3年前から一緒に住んでいることと、声のこと、ほとんど外に出ないこと、このくらいです。他には何も聞いていません。北山浩一さんのことも、今初めて知りましたし、声は出しにくいだけだと思っていました。課長に聞いても、肯定も否定もせずに、黙っていたので」
 上原さんは、ふうんとうなった。
「そう、ですか……」
 そう言って、考え込んでしまった。




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