あなたのそばにいさせて
「実は、1号店の依頼を受ける時に、橙子に会わせてくれるなら受ける、と言ってみたんです」
「えっ?」
上原さんは苦笑している。
「言ってみただけで、本気ではありませんでしたが……結局断られて。それが理由でできないならそれでもいい、と」
私と赤木は目を合わせた。
それは、あの『条件』のことだ。
そういうことだったのか。
課長の険しい表情を思い出す。
上原さんは、ふうっと息をついた。
「仕事より、橙子を第一にしてくれているんだと思いました。ずっと、そうやって、橙子を守ってきたんですね」
表情から、暗さは少し抜けていた。
「どうして、課長だったんでしょうか」
赤木が呟いた。
「橙子さんは、どうして課長を頼ったんでしょうか。先ほど、課長は元々橙子さんに好意を持っていたとおっしゃってましたが、いつからなんですか?」
「元木君が葉山建設に入社した時からです。でも、好意というか、憧れに近かったんじゃないかな。その時には、北山と橙子には結婚の話も出ていたし、どうこうしようっていう気はなかったと思いますよ。
先輩後輩として仲は良かったんですが、それは北山も交えてのことでしたし、元木君は北山とも仲が良かったので」
上原さんは、またちょっと暗い表情に戻った。
「……あの時、橙子の異変に気が付いたのは、元木君だけでした。私は自分のことで精一杯だったし、他の周りの人間も橙子は普通にしていると思っていたようで……だから、多分……」
気付いてくれた課長に、頼ったんだろう。
橙子さんを見る、課長の眼差しを思い出す。
優しくて、橙子さんを思う気持ちが溢れていた。
深い、深い愛情。
その愛情に守られて、橙子さんの声は戻ってきたんだろう。
もう、胸が一杯で、言葉がなかった。