あなたのそばにいさせて
上原さんは、たくさん話したからか、気が抜けたようだった。
心配した赤木が声をかけたけど、
「……私も、誰にも話せなかったことだったので、消化し切れていなかったのかもしれません。ちょっとスッキリしました」
そう言って、ゆっくり歩いて帰って行った。
そんな上原さんを、私と赤木は見送った。
「ねえ赤木」
「んー?」
私は、今日ずっと思っていたことを聞いた。
「なんで、あんなに突っ込んで聞いたの?」
普段、赤木は他人のことには首を突っ込まない。噂話に付き合いはするけど、自分から噂を広めるようなことはしないし、基本的に口は堅い。
なのに、今日は、上原さんに随分といろんなことを聞いた。仕事にかこつけて、無茶苦茶な理由をつけて。
「んー……仕事のため。前も言っただろ?情報を持っておくのとおかないのとじゃ、仕事のやりやすさが違う。地雷を踏まずに済むからな。特に橙子さんの件に関しては、上原さんにとっても課長にとってもでか過ぎる地雷だろ?聞いておきたかったんだよ。
でもさ、課長は聞いても多分答えてくれないだろ。上原さんの方が、しゃべってくれるんじゃないかと思ってさ」
「ああ、それで……」
「あとは、お前」
赤木は私のおでこを人差し指で弾いた。
「いたっ……え、私?」
「藤枝が、ちゃんと失恋できるように」
「え?」
「事情がわかったら、素直にあきらめられるだろ。……まあ、その顔だと、まだ自覚してないみたいだけど」
「だから、自覚もなにも、課長のことはそういうんじゃないって何回言ったら……」
「はいはい、わかったわかった」
赤木は苦笑してそう言うと、私の頭をポンと叩いてエレベーターに向かう。
私はムスッとしながら赤木を追いかけた。
隣に並んだ私を見て、赤木は笑う。
「わかったって、そんなに怒んなよ」
「……だって」
私はその顔のまま、エレベーターを降りた。
「藤枝、どうしたその顔」
課長だった。
相変わらず整った顔をして、ちょっと目を見開いて、私を見ている。
その課長の顔に重なって、橙子さんが見えた。
私は、さっき聞いた上原さんの話を、一瞬で思い出した。
仲良く料理をする、課長と橙子さんの姿を思い出した。
微笑み合う、2人の顔。
思い出したら、涙が出てきた。
私が思うより、涙は勢いよく出ていたみたいだ。
課長がギョッとしている。その後、オロオロし出した。
「え、だ、大丈夫か?どうした?」
赤木もさすがに驚いたようだった。
「うわ、ちょっと泣くなよ。俺が泣かしたみたいじゃん」
「赤木、なにかしたのか?」
「してませんよ。俺っつうより課長ですよ、泣かしたのは」
「はあ?なに言ってんだ」
私はいたたまれなくて、さっきまでいたA室に逃げ込んだ。
「おい、藤枝」
赤木が追いかけてきた。
「……大丈夫か?」
気遣ってくれている、優しい声。
私はハンカチで目を押さえたまま頷いた。
「……かちょう、は?」
声が完全に涙声になっている。
「外出。時間なくてごめんって言ってた」
良かった。これ以上、こんなところ見られたくない。
私はそのまま泣き続け、赤木は黙って隣にいてくれた。
戻っていい、と言ったら「うん」と言ったけど、そのままそこにいてくれた。
「……良かったな、って思ったの」
辛くて泣いてるんじゃない。
それを、赤木に伝えたかった。
じゃないと、また変な誤解をされるんじゃないかと思って。
「橙子さんの側に、課長がいて。あんな風に、優しい笑顔になれて。大切な人が突然いなくなって、でも、笑えるようになって、声が出るようになって、良かったって。課長も、橙子さんが笑ってくれたり、しゃべってくれたりできるようになって、嬉しかっただろうなって。2人が、笑顔でいられるようになって、良かったなって……」
赤木は黙って、静かに出て行った。
すぐに戻ってきて、私の顔を見るなり笑う。
「ひでー顔」
ほら、と、赤木のハンカチにくるんだ保冷剤をくれた。
「冷凍庫に入ってたやつだから。誰のか知らないから戻しとけよ。あと、もうすぐ次の人達来る時間だぞ」
「うん……ありがと」
保冷剤を目にあてる。気持ち良かった。