あなたのそばにいさせて


 その日直帰だった予定の課長は、定時5分前に戻ってきた。
 資料を置きに来た、と言って、席でファイル整理をしていた。
 定時になり、帰り支度を始める。
 私も帰ろうとパソコンをシャットダウンしたら、背後に気配を感じた。
 振り返ると、課長が立っている。

 私の顔を見ると、ホッとしたように笑った。

「大丈夫そうだな。なんかあったら、俺じゃなくてもいいから、ちゃんと言うんだぞ」

 私に向けて言ってくれているけど。
 橙子さんのことがあったから、なんだと思った。
 橙子さんのように、ため込んでしまわないように。

「……はい……ありがとうございます……」
 元気には言えなかったけど、一応笑顔は作った。

 課長は「お先に」と言って、帰って行った。
 橙子さんのところに。

「課長ね、2時間くらい前に電話かけてきて、遥ちゃんの様子聞いてきたのよ」
 小山田さんが私にささやいた。
「多分心配で、自分の目で確かめに来たのよね。優しいなあ、課長」
 ニマニマして、私を見る。
 誤解されてるなあ、と思ったけど、橙子さんのことは言えないし、曖昧に笑うしかなかった。

 課長が心配してるのは、私じゃない。
 私を橙子さんと重ねているんだ。
 課長が気にかけているのは、私じゃない。
 あの頃の橙子さん、だ。

 上原さんは、私が『あの頃の橙子と同じ』と言っていた。
 課長も、多分そう思っているんだろう。
 だから、私を心配してくれるんだ。

 また、もやもやする。
 このもやもやの正体がなんなのか、考えてもわからなくて、考えるのをやめた。



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