あなたのそばにいさせて


 ランチが終わって、駅の近くを歩いていた時だった。

 駅の反対側の方に、課長の姿が見えた。
 キョロキョロと、あちこちを見ている。凄く焦っているようだ。

 私が見ていると、赤木も上原さんも気が付いた。
「課長だよな、あれ。なにやってんだ?」
「うん……」
 なにかを探しているみたいに、左右を見ている。
 やがてこちらに気が付いて、走ってきた。

「お前ら、橙子さんを見なかったか⁈」

 意外な言葉に、一瞬頭が真っ白になる。

「どういうことだ」
 上原さんが、課長に詰め寄る。
 課長は、切れ切れの息の中、言った。

「橙子さんが、いなくなりました」

 課長は、今日の昼休みは家に帰れない予定になっていた。
 どうしても昼近くにしか会えないクライアントがいるからだ。
 そこと約束した日は、朝、課長は橙子さんのお弁当を作る。
 橙子さんは、誰かが一緒にいないと食事をしなかった。でもここ1年くらいは、課長がいなくても食べてくれるようになっていたんだそうだ。
 今日も、お弁当を作って置いてきたけど、先方の都合で約束が無くなったので、いつも通り、課長は昼休みに家に帰った。
 そうしたら、橙子さんはいなかった。お弁当もない。
 連絡しても、メールは返信がなく、電話をかけても電源が入っていない状態で。
 今までにこんなことは一度もなく、捜しながら駅まで来て、私達と会ったらしい。

「今朝まで普通にしてたんだ。いつもと同じで、変わったところもなくて」
 汗だくで、髪も乱れていて、息も荒い。目も血走っている。
「課長、落ち着いてください。この前みたく、コーヒー買いに出たとかじゃないんですか?」
 赤木が言うと、課長は首を振った。
「近所なら、弁当は置いていくだろ。食べた跡があってもいいはずだろ。無いんだ。滅多に使わないはずの外用のバッグも無い。ワンピースが一着無くなってる。どこかに行ったとしか思えない」
「心当たりはないんですか?」
「この3年間、数えるくらいしか外に出てないし、しかも1人でなんて、この前が初めてだったんだ。前に住んでた家の辺りと、D-UKの方はもう捜したし、考えてもわかんないんだよ」
 頭を抱える課長が、ハッと顔を上げた。
「上原さんは、どこか心当たりがありませんか」
 今度は、課長が上原さんに詰め寄る。
「家に来る前の橙子さんなら、上原さんの方が知ってるでしょう。俺が知らない行き先がありませんか⁈」
 上原さんは、眉根を寄せた。
「……わからない。そんな風に橙子が出かける先なんて……」
 2人同時に、何かを思い付いたように、顔を見合わせる。
「北山のところ……」
 上原さんが言うと、課長は走り出そうとした。
 それを上原さんが止める。
「待て。あそこなら車の方が早い」
「わかってます!だから家に帰ってから……」
「お前、今の状態で運転できるのか⁈」
 初めて聞いた、上原さんの怒鳴り声。
 課長も正気に返ったようだ。
 上原さんは、冷静に言った。
「俺の車が船木建設にある」
「上原さん……」
「今日はもう予定はないから、俺が運転する。お前はいいのか、会社は」
「……もともと入ってた予定がなくなったんで。後は電話でなんとかします」
 課長は電話しか持っていなかったので、一旦帰って、会社の駐車場で待ち合わせることになった。

 赤木の申し出で、赤木は課長の家で留守番をすることになった。
 もしかしたら、すれ違いで橙子さんが帰って来るかもしれないからだ。
 そして赤木は、課長と上原さんに、私も連れて行くように言った。行った先で捜すのには人手があった方がいい、と言うのだ。
 上原さんがそれに賛同して、私は一緒に行くことになった。

 赤木が私に耳打ちした。
「しっかり、見て来いよ」
「……なにを?」
「いろいろ」
 なにを意味ありげに言うのだろう。
 よくわからないけど、なにがあったかちゃんと報告しろ、と言うので、それは了承した。



< 32 / 46 >

この作品をシェア

pagetop