あなたのそばにいさせて
7.
その後、課長はプライベートを隠さなくなった。
恋人がいること、一緒に住んでいること、近いうちに結婚するつもりであることを公表した。
課長は、すぐにでも籍を入れたかったらしいけど、3号店の仕事が終わってからにしたい、と橙子さんに言われたんだそうだ。
社内外の女性達に衝撃が走り、私や小山田さんは各方面から情報公開を迫られ、かわすのに一苦労だった。
それに、私は小山田さんにもいろいろと聞かれて、これが1番やっかいだった。なにせ、小山田さんは少しだけ事情を知っている。そして、私がもっと事情を知っていることを知っている。
橙子さんがいなくなったあの日、私と赤木はD-UKに行ったことになっていた。そこで何かがあったんじゃないかと思われたのだ。
あの日を境に課長が変わったので、まあそう思われても仕方ないんだけど。
何もない、と言っても信用されず、あの手この手でいろいろ聞かれたので、とりあえず事実と違うことは否定しておいた。
例えば、赤木が言ってたみたいに、課長が上原さんから彼女を奪った、とか。
なかなか納得してくれなくて、今も疑惑の目を向けられているけど、聞きたいことは課長自身に聞けば答えてくれるので、私のことは見逃してくれている。
課長は、飲み会・接待無しは相変わらずで、昼休みも可能な限り家に帰っている。
でも、忙しくて帰れない時に、今まではゼリー飲料で凌いでいたのが、お弁当やおにぎりを持ってくるようになった。橙子さんの手作りだ。
幸せそうな顔で眺めてから、食べている。
わざわざ見に来る人がいるくらい、有名になってしまった。
しかし、それでも諦めない猛者はいるものだ。
「あ、来た」
小山田さんが呟いた。
部署の仕切りのガラスドアから、しなしなと入ってくるのは、総務の皆川さん。
「元木課長、ちょっとよろしいでしょうか」
課長は、変わらずの『鉄壁の微笑み』で迎え撃つ。
「なんでしょう」
「この書類なんですが」
皆川さんは、いつものように、わざわざ課長の隣に来て、寄り添うように書類を見せた。
「曜日が間違っているようなんです。ご確認いただけますか?」
課長は書類を受け取る。
「それで、あの、仕事のことで、ちょっとご相談したいことがあるんですけど、今日お時間いただけませんか?」
しおらしく言っているけど、一体どんな仕事の相談があるというのか。吹き出しそうになってしまう。
「確かに間違ってますね、申し訳ありません」
課長はサラサラとペンを走らせ、訂正印を押した。
「ご確認ください」
皆川さんは書類を受け取って、確認した。
「はい、確かに。ありがとうございます。それで、今日、お仕事終わりにお時間を」
「すみません」
課長は微笑んだ。
「家で婚約者が待っているので、早く帰らないといけないんですよ」
今までは微笑みだけだったのが、こういう風に理由を付けるようになったのだ。
しかも、本当に幸せそうな顔で、とろけそうになりながら言うのだから、これに敵う人はいない。
「仕事の相談なら、僕から総務課長にお話しましょうか?」
皆川さんは、こんな課長を見るのは初めてらしかった。目が点になっている。
「あ、い、いえ、結構です」
「でも、なにか困っているんですよね」
「いえ、じ、自分で言いますので」
しどろもどろになりながら、皆川さんは戻っていった。
「あれは、もう来ないね」
小山田さんが、ニヤッと笑う。
私は笑いをこらえながら頷いた。